立川シネマシティの生存戦略 映画ファンを幸福にする有料会員制度の秘密

立川シネマシティの生存戦略 映画ファンを幸福にする有料会員制度の秘密

映画ファンや音楽ファン、ミュージカル映画、アニメ好きの方なら、どこかで「立川シネマシティ」というシネコンの名前を小耳に挟んだことくらいはあるかも知れません。

立川シネマシティでは、世界でもトップクラスの超高性能なサウンドシステムを備えたスクリーンで【極上爆音上映】【極上音響上映】という上映を行っています。その作品をスクリーンで上映するためだけに、実際にその作品の音響を手掛けたご本人や専門家に依頼して音響を調整してもらうという、音にこだわった特別な内容です。

僕はこの立川シネマシティで、上映企画やWebを含むチケッティングシステム、宣伝や様々な戦略を担当している遠山武志と申します。

このコラムでは、あえて【極上爆音上映】に関する詳しい説明は書きません。これまでの僕の取材記事やインタビュー、Web連載コラムなどで書いていますので、検索してみてくださいませ。

ここでは「マネ会」という看板にふさわしく、立川シネマシティが誇る音響に並ぶ、もうひとつの強力な武器である有料会員制度「シネマシティズン」について書かせていただこうと思います。

「オトクすぎる」会員制度

友人の話や、SNSなどで【極爆】や【極音】のうわさを聞きつけてシネマシティにご来場いただき、透き通るような美しい音や身体が震える迫力に驚いていただいた後、さらにもうひと驚きあるのが、この「シネマシティズン」です。

シネマシティズンとは

・入会すればいつでも映画鑑賞料が平日1,000円(税込)/土日祝1,300円(税込)。
・ドリンク&フードのセットが100円引き。
・Web予約が1日早く可能。
・時々、シネマシティズン会員限定の試写会などを行う。

これらの特典を用意して、会費は6カ月で600円(税込)1年でも1,000円(税込)です。

音響設備だけで総額1億円近くかけているシアター(写真:左)と大規模な音楽ライブや演劇で使われるラインアレイスピーカー(写真:右)


シネマシティズンの会員であれば、誰でも平日に1,000円で映画を観ることができます。一般的なシネコンの何倍もの金額をかけた音響設備に加え、音響調整のために手間やコストをかけた上映でも、同じ金額で提供しています。

では、なぜこのような破格の会員制度を設けているのでしょうか。

シネコン業界でサバイブするための戦略 

映画館業界は、おおよそ90年代の終わりごろに大きく変わりはじめました。ショッピングモールのブームとともに訪れた、シネマコンプレックス、いわゆるシネコンブームです。

日本映画製作者連盟が発表しているデータ一覧表を見てみると、国内でスクリーン数が最も少なかったのは1993年の1,734。しかし、この年に現在のシネコンスタイルである「ワーナー・マイカル・シネマズ海老名(現・イオンシネマ海老名)」がオープンし、スクリーン数の減少に歯止めがかかります。立川シネマシティは、この翌年にオープンしました。

ショッピングや外食とともに映画も楽しんでもらうという、このコンプレックス(複合的)なスタイルは低迷していた映画館の救世主となり、爆発的に数を増やしていきました。

それまでは大抵、1つの映画館に1つのスクリーン、多くてもせいぜい3つくらいというのが相場でした。しかし、ショッピングモールなどに併設されるシネコンでは、1つの施設にスクリーンを5〜6つ、大きいところでは11〜12ものスクリーンを備えているのです。

スクリーン数はどんどん増えていき、1999年には約500増の2,221に達します。そしてついに2000年からは、この資料にシネコンのスクリーン数も併記されるようになりました。2018年現在、全スクリーンの約9割をシネコンが占めています。

そして業態の成熟化から大手チェーンによる寡占が進み、それに属さない映画館は厳しい状況を迎えています。立川シネマシティは大手チェーンではなく、東京都の立川市にしかない、数少ない零細シネコンなのです。そしてさほど離れていない場所にぐるりと、大手シネコンが4つも5つもあります。これは普通に考えたら、閉館のカウントダウンです(笑)。

さて、どうしたものか? 政治力も資金力も乏しい映画館が、業界の大きな流れに逆らって、それでもサバイブしていく方法を考えなければなりません。

立川シネマシティの抱える問題

立川シネマシティには、いくつかの課題があります。

・広く宣伝するお金がないので、普段映画を映画館で観ない人にも来てもらうのは難しい。
・ショッピングモールの中にあるのではなく、映画館として独立しているので、正確にはシネコンとは言えず、複合的な楽しみもない。
・ファミリー向け映画を上映する場合、郊外にあって駐車場が無料で、赤ちゃんや小さな子を楽しませる設備や店が充実しているショッピングモールの中の映画館と勝負しても、勝敗は決まっている。
・大手チェーン独占公開の作品が増えてきたら、どう対抗していくのか。

そこで打ち立てた理念が映画ファンのための映画館というものでした。

こういった八方塞がりな状況だと、むしろ必然的に、その理念を選択せざるを得なかったという背景もあります。

新たな観客を開拓するのではなく「すでに映画館で映画を観るのが好きな人」に愛してもらえる映画館にしていく。この理念を打ち立てたことで、シネマシティは他のシネコンとは全く違う視点を得ました。まずは理念を実現するためのゴールを明確にして、そこからゴールに向け、忠実に映画館が提供するあらゆるサービスやシステムなどをリデザインしていきました。

チケッティングシステムもユニーク。手持ちのFeliCaカードやNFC対応スマホを登録すれば、それをかざすだけで簡単に予約済みチケット発行ができるのも便利。さらに上映開始20分前までは無料でWeb予約のキャンセルも可能。


上映作品の選択はもちろん、オリジナル企画の立案、チケットをスムーズに購入できる券売機やWeb予約システム、売店のあり方、入場方法、上映設備への投資など、全てを「映画ファンにとって最適・最高なもの、映画ファンが望むもの」に変革していったのです。変革は慣習に囚われることなく、視点は常に観客側に利を置く、が鉄則です。これが理念実現の主軸となります。

ポイントカード・割引サービスの廃止

話を「シネマシティズン」の戦略に戻しましょう。

2000年代の頭に、日本の映画料金は高過ぎる、という論争がはやりました。その影響か、シネコンもミニシアターも基本料金は変えずに、いろいろな割引サービスを始めました。

6本観たら1本無料のポイント制をはじめ、メンズデイや朝の初回割引、映画館独自のサービスデイなどがきっと皆さんの身近な映画館にもあることでしょう。

しかし、都市部に住んでいる映画ファンならば、1つのシネコンだけに通うことはあまり考えられません。複数本観れば1本無料でも、そのシネコンで観たい作品が必ず上映されるわけでもなく、結局割引を受けられるのは1年先ということもありえます。

特定の曜日だけ安くなったとしても、その日が休みじゃなければ、せっかくのサービスも受けられない。

では、映画ファンを最も幸福にできる料金制度とは何か。僕自身の長い映画マニア生活から導き出されたのは「いつかじゃなくて、今。この日じゃなくて、いつも」というコンセプトでした。

そうなると、次にやることは全員対象の割引サービスをできるだけ廃止することです。まずはポイントカードを廃止し、レディースデイもやめてしまいました。「シネマシティの日」のような特別な日もありません。

残したのはたった2つ。レイトショー割と、毎月1日の映画の日だけです。残した理由は、シネマシティズンのサービスと競合しない限定的な割引だと判断したからです。ただ、全国的にメジャーな割引サービスをすべて廃止すると残念に思われるファンもいるかもしれないので、それも考慮しました。

従来の割引サービスを廃止したことで上がった客単価分を、シネマシティズンに入会することで受けられるサービスとして会員に還元する。これで、映画ファンにとって最も幸福な「観たいときに観る。観たいときにいつでもお得」を実現しました。ポイント制と違ってすぐに割引が受けられる上に、曜日や時間帯の縛りもないのです。

観たい映画があって、割引の曜日までガマンできずに思い立ったときに観たのはいいけど、フルプライスだとなんだか損した気持ちになる……ということはありません。

シネマシティズンなら入場料割引だけでなく、さらに売店のドリンクやフードまで割引されてしまう大盤振る舞い


これらはもちろん、時代の変遷によるライフスタイルへの適合も踏まえています。街を歩けば、盆暮れ正月、土日祝日でも多くの店が開いてますし、24時間365日やっているネットでのサービスもたくさんあります。

つまりそれは、平日に休んでいる人もたくさんいるということです。ワーキングスタイルはますます多様化しているのに、曜日縛りで割引をするのは古い概念に思えます。

発想の主軸を「映画ファン」に持ってくることによって、性別や職業やライフスタイルで分別するのではなく、単純に映画を映画館でたくさん観る人とそうでない人(正確にはシネマシティで、ということになりますが)で分別したということです。

こうして、映画ファンにとっておそらく最も安く観られるサービスの1つが誕生したわけですが、しかし、僕はシネマシティズンを安売りの会員制度として作ったつもりは全くありません。

冒頭で触れた【極上爆音上映】【極上音響上映】といった特別上映でも追加料金を取らない、という戦略もこれと同様です。

世界で最も優れた音響機材の1つを使うだけでなく、一流の専門家に映画1本1本に対して綿密に音響調整していただく。こだわりにこだわり、手間に手間をかけた上映を、安売りする理由は全くありません。たとえ入場料を5,000円にしたって、観たい方はたくさんいることでしょう。

しかし、値上げをしない理由があります。

・世界最高クラスの映画体験を、できるだけ多くの人に届けること。
・世界最高クラスの映画体験を、ファンにできるだけ多くの回数体験してもらうこと。
・そのときに障害になるものを、可能な限り取り除くこと。

これらを目的として掲げているからです。その理由を具体的に挙げていきましょう。

シネマシティでは、新作でも公開初日に【極音】【極爆】で上映します。しかし、そんな上映方式など知らず、ふらりと来場するお客さまもたくさんいらっしゃいます。単に、その日が公開日だから近くの映画館に来た、という方ですね。

たとえばそのときに「こちらは特別上映なので、普通の鑑賞料から追加で500円いただきます」と言われたらどうでしょう? 中には、それでも観てくださる方がいるかも知れません。しかし「え? なんで高くなるの?」と思う方も多いでしょう。これで「じゃあ観なくていいや」と思われてしまったら、これほど悲しいことはありません。

立川シネマシティの【極音】【極爆】上映を体験してもらえれば、多くの方に満足していただける自信があります。

シネマシティでは、音響調整卓をシステムに組み込むことで、微細な調整を可能にしました。普段の上映も、劇場に合わせて音を微調整しています。さらに【極音】【極爆】を冠する上映では、一流の音響家やその作品に携わった音響監督や制作陣にご来場いただき、数時間かけて最上のサウンドに仕上げています。

営業が終わった深夜から翌朝にかけて、こんなに手間とコストのかかることをもう10年近く続けています。多くの映画館ではデジタル化され、サーバにデータを入れてプログラミングすることで全自動という効率化がされていますが、それとは真逆のことをやっているのです。

それゆえに、音の良し悪しを気にしないという映画ファンにも、これまでの映画鑑賞とは没入感や感動の量がなぜか全然違う、と感じていただけると信じています。この機会が、たった数百円のことで失われてしまうとしたら、それはあまりにも惜しいことです。僕らの仕事の最優先事項は「映画を観てもらうこと」に他なりません。

映画に関わる人、みんなを幸せにするために

お気に入りの音楽やミュージシャンのライブ映像、ドキュメンタリー、ミュージカルなどは、何度も繰り返し観たいのがファンの願いです。それは映画も同様です。その幸福に触れるためのハードルを可能な限り下げたい。

もし通常の観賞料に500円プラスして2,300円をいただいていたら、その上映体験がいかに素晴らしいものだったとしても、2回目の鑑賞を躊躇(ちゅうちょ)してしまう方も多いでしょう。2回観るのに計4,600円。これはモノとして手元に残らない体験としては、なかなか高価だと感じる方もいると思います。

シネマシティズンという仕組みでは、観賞料を映画料金ルール内の限界まで下げることで、同じ映画を複数回観る幸福を創出しようと試みたのです。また、2回以上観てもらえたなら、「追加料金を設定したことによって、2回目を観てもらえなかった」場合の支払い額を上回ります。

これは、立川シネマシティの音を体感してもらったら繰り返し観たくなるに違いない、という自負が支えています。回数が増えなければ単価を下げただけになってしまいますからね。その分、劇場と配給会社、ひいては製作者にも利益が出て、お客さまは繰り返し最高の映画・音楽体験ができる。つまりここには幸福しかありません。

サステイナブル(持続的)に、売り手も買い手もモチベイティヴ(行動を駆り立てられる)であり続けられるビジネスのあり方を考えて考えて突き詰めていくと、結局「全員が幸せである」状態にするより他に方法がないように思えます。

ここまでの説明でおそらくご理解いただけたと思いますが、シネマシティズンとは、映画ファンによる映画カルチャーの維持・再興を目指すための組織なのです。安売りのイメージとはまるで真逆の、高邁(こうまい)な理想を抱いているのです。都心からずいぶん離れた、たった1つだけの小さな映画館であっても「大いなる物語」を掲げる自由はあるはずです。

立川シネマシティのTwitterにて上映の告知などを行っている。ファンから愛のこもったリプライが届くことも。


さらに、立川シネマシティには「宣伝費」というものがほとんどありません。宣伝のほとんどをお客さまの口コミに頼っています。何か宣伝する事項があっても、プレスリリースは出しません。「音」は本質的に言語化が不可能です。ならば、真に価値を伝えるのはただ1つ、実感だけです。それが、人の心を動かすのです。

僕は「人は感動を共有せずにはいられない生き物」だと思っています。

その量が大きければ大きいほど、多くの人に同じ気持ちを味わってほしい、と狂おしいほど願うものです。激しい気持ちから生まれた、美しく織られただけの宣伝文句とはまるで違う、語彙を失うような必死さだけが、直接的な会話はもちろん、インターネットの乱数群にも感情を乗せることができます。

そしてそれはあらゆる形で世界中に伝播していきます。この結果、こんな感じのツイートをいくつも見かけるようになりました。

シネマシティのせいで、映画館に通う体にされてしまった」「時々レンタルで観るだけだったのに、気づいたら今月だけで映画館で10本。シネマシティは責任とれ

すでに映画ファンである人たちに向けていろいろ作ってきたつもりが、気付けばたくさんの新しい映画館ファンを生むことができていたのです。映画館で働く身として、1人の映画ファンとして、こんな幸福があるでしょうか。この仕事には一生を賭する価値があります。

シネマシティが掲げ続ける理念

まとめると、シネマシティズンとは、映画ファンの「観たい」と思ったその時の気持ちをくじかせず、繰り返し観たい気持ちを邪魔せず、そこで感動を得たお客さまから「実感」が発信されることによって、この世界に映画ファンを増やすためのサービスということです。

表面的には料金制を少し変えただけに見えるかもしれませんが、それによって「大いなる物語」を掲げたのです。それもこれ見よがしに掲げるのではなく、自然に行動を誘発する仕組みにして、そうと気付かないままに、シネマシティズンのメンバーの方はその物語の一片を担うことになるのです。

僕の中には、この先の料金システムのアイデアもすでに具体的にありますが、果たして実現できるかどうか。理念の追求に果てはありません。考え続ければ、きっとソリューションは見つかり続けると思ってます。

映画館はもっと面白くなれる。シネマシティが創る未来へ、ぜひあなたもいっしょに。

立川シネマシティの企画室長。【極上音響上映】や【極上爆音上映】を企画し、多くの映画ファンを熱狂させ、大ヒットを記録。企画だけではなく、立川シネマシティのメルマガ作成やWebページやポスターのデザインなどの広報活動、券売機やWeb予約などチケッティングシステムの開発も携わる。Realsoundにてコラムを連載中。

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