日本に10人しかいない? 現在から未来を作り出す「SF考証」という仕事とギャラ事情
作家として小説やエッセイを書くと同時に、アニメーション作品の「設定考証」をしています、高島雄哉です。SF作品の設定考証をする場合、「SF考証」や「SF設定」とクレジットされることもあります。ぼくは大学で物理学を専攻していて、SF小説を書いていることもあり科学やSFの考証を任されることが多いです。
これまでにはサンライズのSFアニメ長編作品『ゼーガペインADP』と『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』、そして現在始動中の企画『ブルバスター』で設定考証を担当しています。
「設定考証」「SF考証」をアニメや映画のスタッフロールで見たことがあっても、「どんな仕事なの?」と思う人は少なくないかと思います。
今回は、SF作品における「設定考証」としてどんなことをしているのか、担当した作品と合わせて紹介していこうと思います。また、設定考証にまつわるお金の話もしていきます。
(C)創通・サンライズ
設定考証=設定+考証
設定考証は、フィクション世界のリアリティを高めるため、そして物語の可能性を広げるために、様々な提案をする仕事です。
舞台が宇宙であれば、宇宙物理や宇宙開発の関連情報を集め、作品が求める現実レベル(リアリティ)/SFレベルに合わせて、作品独自の世界観を設定考証していきます。例えば「地球から宇宙空間のロボットを動かす方法」や「大気圏突入時に起こりうること」を、その科学的な根拠やSF的な理由から考えるのも設定考証の仕事です。
設定考証の仕事は大きく、「設定」と「考証」に分けられます。設定+考証で、設定考証というわけです。
「設定」は、作品世界の時代や場所、あるいは社会構造といった全体の世界観から、文化や科学に関連する細部まで、物語上の様々な設定を作っていく仕事です。物語世界を実際に存在する世界のように見せるため、AIの新機能や敵生命体の発生メカニズムから、登場人物の性格や兵器の名前、そしてスマホのディスプレイの文字列など、幅広く設定していきます。
一方「考証」は、作中に登場する実在の事物について調べる仕事です。例として、現実に存在する量子コンピュータの原理や天体の動き、ロボットの性能を調べることで、作品を確かな根拠のあるものにしたり、作品をより面白くするヒントとなるような新しい技術を探し出したりします。時代劇における時代考証や、医療ドラマの医学考証、刑事ドラマの警察考証などと似ているといえるでしょう。
またSFアニメ作品の場合、現代の科学技術について「考証」しながらも、それに基づき架空の科学技術を「設定」することもあり、両者の境目は曖昧です。
ただ、作品に関係あることは自然科学でも人文科学でもなんでも調べますし、面白いことを発見すればスタッフみんなで共有します。
タイトルにある「日本に10人」というのは、先日、設定考証の先輩方とトークイベントに出演したときに伺った話で、現在のところ映画やアニメでSF系の設定考証をしている人は10人前後だろうということでした。そう考えるとなかなか珍しい仕事ですし、この記事を書いてみて結構面白い仕事ではないかと改めて思えてきましたので、ぜひみなさんにも知っていただければと思います。
設定考証の仕事の進め方と仕事場について
設定考証は、企画の初期段階から制作スタッフと打ち合わせを重ねながら、ずっと作品と向き合います。
まず「作品の舞台がどれくらい未来なのか」「作品にどれくらいのSF要素を盛り込むのか」については、企画を立ち上げる段階で話し合います。ここを決めておくと、作品世界の成り立ちがはっきりしますし、アイデアを探っていくときに明確な指針ができるのです。
打ち合わせが何度か行われるにつれて、だんだんと確定した「設定」が増えて、ストーリーやキャラクターが決まっていきます。
作品の設定が決まっていくと同時に、詳細を調べることが要求される「考証」の案件も出てきます。例えば月をテラフォーミング((人為的に惑星の環境を変化させ、人類の住める星に改造すること))するという設定になれば、その可能性について現時点までの研究を調べ、専門家に質問をし、SF的な仕掛けを考えて、物語世界を成立させていくわけです。
ということで取材先や図書館にはたびたび行くのですが、特に考証寄りの案件では扱う資料が多いため、最終的にレポートをまとめるのは自宅です。
作品の背景美術に関するレポートでは、一例として作品内に登場する量子コンピュータのモニター上の文字列やグラフを設定ないし考証するわけですが、テキスト案と共に、写真や自分で描いた絵も添付します。まとめたレポートを参考に、制作スタッフが実際に映像を作り上げていきます。
映像が出来ていくと、今度はアフレコです。台本のセリフは現場で調整されることもあります。短くしても意味が変わらないように、あるいはもう少し長くしたいときに、設定考証としてその場で調整します。そして最終的に作品が完成したあとは、各種イベントに出演することもあります。
以上のように、設定考証はストーリーやビジュアル、シナリオといった制作のすべての工程にかかわります。
このため、多様な専門分野を「考証」する視点と、それを一つの作品の中で総合的に「設定」する視点、両方が必要となります。
担当作品はこちら!
ぼくが担当した作品と設定考証の内容を紹介します。
ゼーガペイン ADP
2016年に設定考証した長編アニメ『ゼーガペインADP』は、2006年にTV放映された『ゼーガペイン』をベースにしたシリーズ最新作。
『ゼーガペイン』は2006年の段階で、VR(仮想現実)やAI(人工知能)、そして量子コンピュータが登場する超先鋭的な作品です。『ゼーガペインADP』ではそれをさらに先へと推し進めるべく、最先端の科学の知見をできるだけ取り込んでいます。
シナリオ面では、セリフに使われる物理学や哲学の用語を提案しました。アフレコ時、物理用語に慣れていない声優さんが少しだけ困惑されましたが、もちろんすぐに自分のものにされていました。また、ビジュアル面ではデザイナーの内古閑智之((アートディレクター/グラフィックデザイナー。 主な仕事に『天元突破グレンラガン』『アイカツ!』など))さんたちと、作中に登場するAI、量子情報理論を活かした戦闘シーンなどを提案しています。
作品はTVシリーズと『ゼーガペインADP』のどちらからでも楽しめるようになっています(公式ページはこちら)。 ぼくが小説家であることから、設定考証と合わせて、その作品のスピンオフ小説の執筆を依頼されることもあります。『ゼーガペイン』にはぼくが書いたスピンオフ小説『エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部』もあります。ぜひ併せてお楽しみください。
機動戦士ガンダム THE ORIGIN
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』は、『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザイン・アニメーションディレクター、安彦良和さんによる漫画のアニメ化作品。ぼくは設定協力として2016年公開の『機動戦士ガンダム THE ORIGIN IV 運命の前夜』から参加しています。2017年には『ルウム編』が公開されています。さらに2018年5月5日より全国35館で『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 誕生 赤い彗星』が公開となります。
ガンダムは多くの方がご存知でしょう。比較的近未来の宇宙を舞台に激しい戦闘が描かれます。設定考証としては、ロケットやコロニーの研究開発の経緯や現状を調べる考証的な仕事をしており、最新の宇宙工学やロボティクスス(ロボット工学)の知見をガンダムの世界観に合うように取り入れる設定的な仕事もしています。
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』ではガンダム等のモビルスーツの開発シーンも描かれています。そのため作中には多くの設計図が登場。コクピットや艦隊のモニターも緻密に表現されていて、ぼくはそれらに書き込まれる物理的な数値や軍事用語を設定考証しています。
ブルバスター
2017年からは企画『ブルバスター』に参加。
監督は『タイムスクープハンター((NHK総合テレビのドキュメンタリー・ドラマ風歴史教養番組))』や現在放映中のテレビドラマ『卒業バカメンタリー』を手がける中尾浩之さん。キャラクターデザインは、漫画『ツルモク独身寮((『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載され、1991年には映画化もされた「ツルモク家具」の新入社員である宮川正太と、正太が住む独身寮の住人たちとの人間模様を描いたラブコメ作品))』や最近では日清カップヌードルCMで活躍されている、窪之内英策さん。ロボットデザインは『魔法科高校の劣等生((佐島勤によるライトノベル。2014年にテレビアニメ化された))』『GODZILLA 怪獣惑星((2017年に公開された長編アニメーション映画))』等の出雲重機さん。他にもそうそうたるメンバーが集まって、「経済的に正しいロボット物語」を作っているところです。
設定考証として、登場するロボットの基本思想や敵対する巨獣の生物学的な発生のメカニズム、そして作品内における経費や経済活動の詳細を作っています。2018年からさらに大きく展開していく予定です。ぜひご注目ください!
設定考証になるということ
ぼくは2014年に「ランドスケープと夏の定理」(Kindle等で電子書籍化)で創元SF短編賞を受賞し、同年「わたしを数える」で星新一賞に入選して、小説家としてデビューしました。今や小説家になるための方法は色々とありますが、新人賞は一番わかりやすいものでしょう。
一方、設定考証になる方法はぼく自身、今でもよくわかっていません。
ぼくの場合、2015年から東京創元社のWebサイトで連載取材エッセイ『想像力のパルタージュ』を連載することになって、AI研究者の三宅陽一郎さんに取材したことをきっかけに、『ゼーガペイン』の原作者であるハタイケヒロユキさんと出会い、『ゼーガペインADP』のスタッフとして声を掛けていただいたのでした。
このときは初めての設定考証ということで、ゼーガスタッフのみなさんに多くのことを教わりながら、設定考証の仕事を始めました。
小説家は、編集者と電話で打ち合わせをすることもありますが、多くの時間は一人で執筆します。対して設定考証は多くのスタッフと話し合いながら作業を進めていきます。この点、両者はまったく正反対と言ってもいいかもしれません。
また、アニメの設定考証では最終的に映像にすることが大前提です。アイデアを提案するときには、それがどのようなビジュアルになるのか、あるいはセリフとしてカッコ良く聞こえるかどうかを考えなければなりません。
とはいえ小説においても、視覚や聴覚そして映像的な観点は必要です。加えて、物語世界を立ち上げるという点では、小説も映像も同じです。新しい世界を設定し、実在するものを考証して物語に取り込むことで、物語世界は豊かになるのですから。
実際、設定考証の仕事を始めて、より広い分野の取材をするようになり、アイデアを探して作り出していく手段も増えて、小説執筆にも良い影響が出ていると思います。
設定考証におけるギャラと経費の諸事情
設定考証のギャラは、これまでのぼくの場合でいうと、おおむね作業量と作業期間に応じて決まります。
設定考証は基本的に企画の初期段階から参加します。1ヶ月に数回打ち合わせが行われて、そのたびにいくつかの設定考証の案件が出てきて、その場ないしは次回までにアイデアを考える、というのが一般的な一つの作品での1ヶ月分の仕事量です。
例えば製作期間が10ヶ月でギャラの総額が50万円とすると、全額が一括で支払われることもあれば、毎月5万円ずつ支払われる場合もあります。製作期間が延びるのはよくあることで、その場合は1ヶ月ごとに5万円ほどが加算されていきます。
とはいえこれは一例です。仕事内容もギャラも柔軟に対応しますので、設定考証について御相談がありましたら、お気軽にぼくのTwitter(@7u7a_TAKASHIMA)のDMに御連絡いただければと思います。
支出は、主に取材費と資料購入費です。ここは小説執筆とほとんど変わりません。
SFでは特に最先端の知見にいつも触れておくことが重要です。研究機関や企業が開催するイベントにはしばしば参加しますし、遠方にインタビューや取材に行くことも多々あります。設定考証の仕事は文字だけではないので、写真集や映像資料を購入することも必要です。
最先端の科学技術の中でも、VRやARそしてAIは、今急速に発展し、市場に次々と登場している現在進行系の技術です。有料無料を問わず色々なイベントに行き、開発者の方々にインタビューをして、自分でも色々なVRゴーグルやスマートスピーカーを購入して体験しています。同様にゲームも常に最先端の技術や表現が使われるので、最新作はなるべくプレイします。VRZONE新宿といったVR関連の施設はもちろんのこと、ゲームセンターにもVR筐体が置かれることが増えてきて、こちらもなるべく早く体験するようにしています。
これらは少し経費がかさみますが、実際にモノに触れてみることでわかることも少なくありません。小説にも活かせますし、楽しみながら色々研究しています。
仕事の精度を高めるために
設定考証も小説執筆も、まずは自分の知識やネット検索から始まりますが、そこからどこまで精度を高められるかが勝負です。
その分野に詳しい知人がいれば当然その人に連絡を取るのですが、的確な質問をするにもぼく自身が最低限は知っておく必要がありますので、最初は自分一人で調査を始めます。
下調べにはGoogle Scholar(グーグル・スカラー)((Googleが提供する検索サービスの一つ。主に学術用途での検索を対象としており、論文、学術誌、出版物の全文やメタデータにアクセスすることができる))やCiNii(サイニィ)((学術論文や図書・雑誌などの学術情報データベース))を使って、学術論文や研究者を調べ、そこから大学や研究機関のサイトに進み、キーワードを集めていきます。国会図書館や大学図書館、近所の図書館にも通います。
学生時代の友人や知人に尋ねて、さらにそこからその分野の第一人者にインタビューをお願いすることもあります。大学や理化学研究所など研究機関、Googleやスクウェア・エニックスなどの企業の方々にも取材をして、「設定」や「考証」の精度を高めていきます。
JAXAや自衛隊のみなさんには、かねてよりアニメ業界の先人たちが様々な作品での取材をお願いしています。SF作品における宇宙空間でのロケットの挙動や、作戦行動中の用語の使用など、現場の方々のリアルなお話が、これまでの作品の至るところに反映されているわけです。先輩からの紹介で、最近はぼくもお話を伺っています。
また、「作中でこれまでにないロボットの操縦法を表現したい」というような「設定」要素の強い案件は、ピンポイントで調査する「考証」と違い、より広い領域を取材していかねばなりません。むろん、この例ではロボティクスを中心に調べていくわけですが、実際のロボット研究者と同様に、生物学や数学など様々な周辺領域を参考にしながら、芸術や経済、あるいは医学などさらに広く探して、アイデアを作っていきます。
新しい仕事を「設定」する
最後に、これからの設定考証について少し考えてみます。
今後AIやVRに関連した新商品がますます発表されていって、そのうちのいくつかは劇的にぼくたちの生活を変えていくはずです。個人的には、自動運転、AIスピーカー、VRゴーグル、AR(拡張現実)メガネなどは普及していくと考えています。
生活が変わり、それが日常になれば、さらにその日常を前提とした作品が求められ、作られていきます。
そして作品に新しい科学や技術を取り込むためには、設定考証が必要不可欠。今後ますます設定考証の仕事が増えていくように思います。
設定考証は現実と作品を結びつける仕事であり、既知から未知を、現在から未来を作り出す仕事です。それは生きることそのものであり、つまりは誰しもが自分や世界を設定考証をしていると言えるのではないでしょうか。
記事を読まれた方には、ぜひ設定考証の仕事に興味を持っていただき、さらに作品を楽しんでいただければと思います。最後まで読んでいただきありがとうございます。
作家。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、「ランドスケープと夏の定理」で第5回創元SF短編賞受賞(Kindle等で電子書籍化)。同年、「わたしを数える」で第1回星新一賞入選(『折り紙衛星の伝説 年刊日本SF傑作選』所収)。SFマガジンcakes版にて『世界を設定する』、サンライズWebサイト矢立文庫にて『エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部』を連載。現在は、Webミステリーズ!にて取材エッセイ『想像力のパルタージュ』矢立文庫にて戦争SF『WAR TIME SHOW戦場のエクエス』を連載中。設定考証として、『ゼーガペインADP』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』『ブルバスター』などを担当。ご依頼はTwitter(@7u7a_TAKASHIMA)までお気軽にどうぞ。