祈りを形に 42歳でようやく見つけた「仏像彫刻師」という仕事

祈りを形に 42歳でようやく見つけた「仏像彫刻師」という仕事

仏像彫刻師の山本陽子です。2018年に個人で工房を開設し、主に個人のお客さまからいただいたご依頼に沿って仏像を制作しています。

私は、幼い頃から仏像彫刻師を目指していたわけではありません。

いろいろな仕事に携わった後、42歳で突然思い立ち、仏像彫刻を学び始めました。

師匠のもとで内弟子として教わったのではなく、プロを目指す学校へ通い、千数百年受け継がれてきた伝統の技を身に付けました。

仏像彫刻師の世界では、10代〜20代前半の若い頃に弟子入りし、師匠の技を学びながら修行をするというのが一般的だと思います。そう考えると、私のような経歴は異例かもしれません。

では、なぜ私が仏像彫刻師を目指そうと思ったのか。そして、仏像彫刻師とはどういう仕事なのか。これからお話しようと思います。

※上部写真は、2016〜2018年制作「聖観音菩薩立像」(一尺二寸)


母の死、東日本大震災……命の儚さに触れる

この仕事をしていると、「どうして仏像を彫ろうと思ったのですか?」とよく聞かれます。自分でもはっきりとした答えは出てきませんが、仏像彫刻を始めたのは、母を末期がんで亡くした直後のことでした。

母は、それまで病気一つしたことがないほど健康でした。しかし、いきなり余命3カ月と宣告され、65歳であっけなく亡くなります。

さらにその後、東日本大震災が発生し、一瞬にして多くの命が失われました。それからというもの、私は「人間はいつ死ぬか分からない」と常に死を意識するようになったのです。

また、私は小さい頃から神社やお寺、教会のような空間が好きでした。仏像などに詳しいわけではないのに、こうした静かな場所へ行くと心が落ち着いたのです。

そしてとあるお寺を訪れた私は、たまたま境内の掲示板に貼られていた「仏像彫刻教室」という案内を目にします。それを見たとき、何か運命の出会いかのような衝撃を受けました。

帰宅してすぐにインターネットで「仏像彫刻教室」と検索すると、思っていたよりもたくさんの教室があるではありませんか!

 その中でも、今の師匠である関侊雲先生の彫られた仏像を見て、直感で関先生の教室を選びました。そして、まずは体験レッスンを受けることにしたのです。私と仏像彫刻との出会いは、本当に突然でした。

母の死は、私にとって人生を変えるような大きな出来事でした。そして、心にポカンと穴が空いたような空虚感を抱く日々を過ごしました。

思い返せば、あの頃の私は、無意識に仏様に安らぎを求めていたのかもしれません。

仏像彫刻と出会うまでは、さまざまな仕事を経験

仏像彫刻に出会ったのは2012年、私が42歳の頃でしたが、それまではさまざまな仕事を経験してきました。

最初に携わったのは、インテリアやグラフィックデザイナーのアシスタント。昔からアートには興味があり、学生時代も美術の成績だけはオール5でした。

しかし、デザイン事務所は勤務時間が不規則で徹夜になることも多かったため、3年で辞めることになります。それからは受付業務、重役秘書、事務職など、比較的決まった時間にできる仕事を選びました。

とはいえ、心のどこかで「何か違う」という思いが常にあり、 手に職をと考えた私は、学校へ通い、以前から気になっていたエステティシャンの道に進みます。

お客さまを癒やすことができ、また感謝もされる日々でした。
しばらくエステティシャンの仕事を続けて40歳近くになった頃、所属していたサロンから「管理職にならないか」と声が掛かります。

私は現場で働きたかったため、そのまま退職し、それからは生活のためにと別業種の営業職に就きました。3年ほど必死に働いたおかげで良い成績を収められましたが、上層部からの期待やノルマなどで精神的に追い詰められてしまいます。

母が亡くなったのは、ちょうどこの頃でした。その後、仕事を辞めた私は、自分の好きなことをやろうと考えるようになります。

そして、以前から興味があった臨床心理カウンセラーの資格を取り、新たなスタートを切ったのです。

42歳で仏像彫刻教室へ通い、プロを目指す

時を同じくして、前述通り仏像彫刻と運命的な出会いを果たした私は、臨床心理カウンセラーの活動と並行して仏像彫刻教室に通い始めます。1回あたり3時間のコースを月に2回。お月謝は5,000円で、そこに材料費と彫刻刀代が加わります。

地紋彫り

板に対して直線と曲線で構成される。こちらは花菱模様で、他にもいろいろな種類がある

教室では、まず彫刻刀の使い方を学びます。彫刻刀を握るのは小学生のとき以来で、最初はまっすぐに彫ることすらできませんでした。基礎の地紋彫りを学んだ後は、仏足(仏さまの足)、仏さまの握り手、開き手と彫っていきます。

個人差はありますが、彫刻刀を握るようになって半年ほどで、ようやく1体の小さな仏様を彫るところまでたどり着くのです。

初めて仏様を彫ったときは、なんとも言えない達成感と感動がありました。その感覚を忘れられなかった私は、半年ほど教室に通った後、もっと本格的に彫りたいと思うようになり、教室で用意されていた仏像彫刻師を目指すための学院に移ります。

本当は内弟子になって学びたかったものの、 私が学んでいた教室では「内弟子は28歳まで」という年齢制限が設けられていました。

当時42歳だった私が本格的な仏像彫刻を学ぶには、学院へ進むしか方法がなかったのです。

10代から学ぶ人が多い中で、私のように40歳を過ぎてから本格的に仏像彫刻をやろうというのは、無謀に近かったかもしれません。

ですが、学院に進めば、弟子入りが叶わなかった私でも伝統的な仏像彫刻の技を学ぶことができる。これはとてもありがたいことでした。

学院では、480単位(1単位あたり3時間、全て実技)取得で基礎過程を修了します。

学費は120万円で、何年かけて卒業してもこの金額です。材料費などを含めると、トータルで大学の1年分くらいでしょうか。

最初は金額を見てちゅうちょしましたが、「ここまでやっておいて、趣味で終わらせてしまうのはもったいない」と決心したのです。

自分で作った、当時の彫刻刀

教室とは違って、学院では技術においてもプロレベルが要求されます。

まずは彫刻刀20本を自分で作るところからスタートします。四角い木を鉋(かんな)でひたすら丸く削りながら柄を作るので、腱鞘炎になりかけるなど、始めから挫折しそうでした。

削り終わった後は漆(うるし)で5〜6回ほど色を重ねていくので、20本全てを作るのに結構な時間がかかります。

その後は、自分で作った彫刻刀を使って基礎の彫り方を学び、 少しずつ大きな仏像を彫るようになります。卒業制作では、一尺二寸(約36cm)の聖観音菩薩立像を彫りました。 

臨床カウンセラーの仕事を続けながら、基礎過程は4年かけて卒業しました。卒業したとはいっても、まだまだ学ぶことが多く、文字通り「一生勉強」だと実感しています。今でも師匠からは学ぶことばかりです。

ある一言がきっかけで、仕事として仏像彫刻をやっていくと決意

仏像彫刻を習い始めてから5年目の2016年、作品を「第2回日本木彫刻展」に出展させていただく機会がありました。同展には学院生だけでなく、先生やそのお弟子さん、日本木彫刻協会の会員さんの作品も出展されます。

会場は上野恩賜公園にある上野の森美術館の別館。私は、そこで卒業制作の聖観音菩薩立像を出展しました。出展作品は人それぞれなので、卒業制作ではなく違う作品を出される方もいます。

このときは、聖観音菩薩立像を出された方が2〜3人いたと記憶しています。同じものでも人によって仏様の顔が違うので、比較されることも多いです。

期間中は多くの方が訪れ、私が制作した仏像もたくさんの方に見ていただくことができました。今まで面識のない方から高い評価をいただけたことは、仏像彫刻をやっていく上での自信にもつながりました。

2018年に開催された第3回「日本木彫刻展」では、3点を出展

ちょうどこの頃、私は「自分が社会に貢献できることはなんだろう」と自問自答していました。このまま臨床心理カウンセラーとしてやっていくのか、それとも仏像彫刻師としてやっていくのか。道に迷っていたのです。

しかし、ある方に「あなたの仏像は、十分に人を癒やすことができる」と展覧会で声を掛けていただいたことが、進む道を決める大きなきっかけとなりました。

この一言で、私は「仏像彫刻師として一生を捧げよう」と決心したのです。このとき展示した聖観音菩薩様は私の代表作となり、その後も多くのご縁を導いてくださいました。

思い切って臨床カウンセラーの仕事を辞めた私は、仏像彫刻に専念することを決意します。2018年4月には、個人で仕事を受けるために「仏像彫刻工房 優月」を開設。本格的に仏像彫刻師としての活動を始めます。

過去の仕事で培った経験も生きてくる 仏像の制作過程

しばらくは貯金を切り崩しての生活でしたが、 覚悟を決めて取り組むと、不思議なことに依頼が舞い込むようになりました。

依頼を受ける場所はさまざまです。私は本が好きで、作家さんの講演会などにもよく足を運ぶのですが、参加者の方との交流で仏像彫刻師に関心を持っていただくことが多く、その流れで注文を受ける場合もあります。

また、私が作成した仏像を展覧会で実際にご覧になった方から依頼を受けることも少なくありません。

制作の前には、どのような目的で仏像をご依頼されたのか、仏像にする対象についてどのような思いがあるのかなどを、実際にお客さまからお聞きします。

お客さまの気持ちや思いをしっかり汲み取れるようにと向き合っているときは、臨床心理カウンセラーの経験が生かされていると実感します。

また、営業職時代に学んだ良い人間関係の築き方やマーケティングの知見などは、今でも役立っていると感じることが多いです。

どのような仏像が良いか分からないというお客さまには、こちらからご提案させていただくこともあります。そして仏像の種類や大きさ、素材、ご予算に合わせて詳細を詰めていきます。

また、なるべくイメージ通りの仏像に仕上げるために、彫っている途中の段階で写真を送るなど、進行状況を細かくお知らせするようにしています。

仏像1体が出来上がるまで

ここからは、六寸(約18cm)の聖観音菩薩立像を例に、仏像の制作過程をご紹介します。台座と光背を入れた全体の高さは約28cmです。

使用するのは四角い木です。まずは、軸となる中心線と、縦横の線を入れます。大まかな輪郭を書いた後は、余分な部分を削り落としながら形を整えていきます。

一箇所だけに集中するのではなく、全体のバランスを見ながら彫っていきます。

聖観音菩薩立像で難しいのは、腰のひねりをつけるところです。終盤だと修正が効かなくなるので、最初の大まかな形を作るときにしっかりと動きをつけなければいけません。

なので、この粗彫りは作品の土台作りとしてとても大切です。

仏像の種類や大きさにもよりますが、こちらの聖観音菩薩立像の場合、1日8時間の作業で大体50〜60日かけて本体を彫っていきます。

そのまま全体を整えていき、表面に艶が出るように仕上げていくのですが、ここでヤスリは使いません。彫刻刀で凸凹がなくなるように、じっくり時間をかけて丁寧に彫っていきます。

仕上げには約2週間ほどかけています。

本体が仕上がったら、次に台座を彫ります。こちらは蓮華座の一種で、中でも大仏座というシンプルなものです。上から蓮台、反花(かえりばな)、框(かまち)で構成されています。

蓮台は四角い木から彫り、反花と框はある程度の形に加工したものから彫り進めます。

最後に作るのは、仏像の後ろにつける光背(こうはい)という装飾です。こちらは「線光背」という種類になります。

その名の通り、仏様が発する光明を細い線で表現しているのが特徴です。この線の1本1本を、楊枝のように細く彫っていきます。

丸い円状のものは、幅1cmほどの棒状の木を細く薄く鉋で削り、丸い型に何重にも巻きつけながら繰り返し丸めて作ります。最後に型を外して綺麗に彫刻刀で削り、ヤスリをかけて完成です。

この例に挙げた仏像は、完成までに約3カ月かかりました。仏像制作には、手間と時間と根気も必要なのです。

2018年制作「聖観音菩薩立像」(六寸)

いただく金額は、仏像彫刻師の経験年数や知名度などでも変わってきます。人によって設定している金額も異なるかと思います。

私の場合は、日当計算と材料費に加えて、お客さまの気持ちや思いを汲み取って表現する制作費を含めた金額設定をしています。

制作例として挙げた聖観音菩薩立像は、約3カ月という制作期間を踏まえ、2019年1月現在は一式約50万円をいただいております。

台座や光背の種類、木材によってもお値段は変わってきます。この聖観音菩薩立像では樹齢100年以上の木曽檜を使っており、材料費は約3万円でした。

猫にマリア像……これまでに依頼された仏像

出来上がった仏像は数百年残るので、次世代にも引き継いでいただけます。

ただ、個人のお客さまがどういった理由で仏像を依頼するのかというのも気になるところだと思います。実際に私が依頼を受けて制作した仏像をご紹介していきましょう。

依頼例1:釈迦如来坐像

お父さまの1周忌に向け、「お仏壇に入れる御本尊として仏像を彫ってほしい」というご依頼でした。私の制作した聖観音菩薩様を見て、ご興味を持っていただけたとのことです。

ご依頼された方は、自分と向き合って自分を認めるという、セルフヒーリングができるような人生手帖「ティラーノート」の開発をされています。 

仏像の役割も、その手帖と共通する部分があります。仏像と向き合う時間は、自分と向き合う時間でもあるからです。

2018年制作「釈迦如来坐像」

完成した仏像は、ご家族さまにもとても喜んでいただきました。お部屋の雰囲気が優しくなり、浄化されたようだともおっしゃっていただけました。

依頼例2:猫

ご依頼内容は「とてもかわいがっていた猫を亡くしたので、その猫を彫ってほしい」というものでした。仏像以外に彫ったのは、これが初めてです。

彫るに当たり、まずは写真を数枚いただき、どのような猫ちゃんだったか、猫ちゃんとの間にどのような思い出があったかなどを伺いました。

写真に写っていた猫ちゃんは、小さいときのものもあれば、年をとったものもありました。私は実際にその猫ちゃんを拝見したことがなかったため、どの時期を切り取って彫れば良いだろうかと悩みました。

なので、まずは写真を見ながら粘土で形を作りました。そこからイメージを膨らませて、木を彫って形を整えていくことにしたのです。木は、木肌が猫ちゃんの模様になるようクスノキを選びました。

伺った話を思い出すと、ご依頼主の中では猫ちゃんが小さかったときの印象が強く残っているように感じたので、子猫のように彫り上げることにしました。

写真を見ていたとはいえ、きちんとそっくりに彫れているか、 ご依頼主との対面の瞬間までとてもドキドキしたのを覚えています。

2018年制作「猫」

実際にお見せすると、ご依頼主は「わーー○○ちゃんが帰ってきてくれた!」と目を細め、愛猫を見つめるように微笑んでくださいました。

その後、猫ちゃんの仏像を写真に撮り、年賀状で「○○ちゃんが我が家に帰ってきてくれました!」と親戚やご友人にお知らせしてくださったそうです。

この話を聞いたときは、感無量でした。

依頼例3:マリア像

ご依頼主は「猫」を見て仏像以外でも注文できると思ったそうで、ご自身やご家族を見守ってくれる存在として、マリア様を彫ってほしいとのことでした。

マリア様は人間ですし、西洋彫刻で彫った経験がなかったため、依頼を受けたときは少し不安だったのを覚えています。

ただ、仏様と同じく「祈る」対象なので、仏教とキリスト教という宗教の違いに違和感はありませんでした。

特にモチーフとする像は指定されなかったため、イメージを膨らませるために、マリア様への思いやご自身の今後の展望なども伺いました。

また、その際「像に2人の天使をつけてほしい」というご要望がありました。
まずは教会へ行き、さまざまなマリア像を拝見しました。その後、猫ちゃんの仏像と同じように粘土で形を作っていきます。天使をどのように配置するかなども含め、デザインは完全にオリジナルです。

木は、木目が綺麗な樹齢100年以上の良質なヒノキを選びました。台座も含め、一木(1本の木のこと)で彫り上げます。

2019年制作「マリア像」

こうして、世界でたった一つのマリア像が完成しました。襞の流れをどのように持っていくか、天使をどのように配置するかなどを模索したため、いつもより時間がかかっています。

ご依頼主からは「お部屋にマリア様がいらっしゃることによって、穏やかな空気と光に満ちた空間になった」というご連絡をいただきました。

私は「お客さまの心の拠り所になり、心が安らぎ、癒されるものを作りたい」という思いを胸に、日々仏像を彫っています。

なので「猫」や「マリア像」といった仏像以外のモチーフも、お客さまにとってそれが仏像と同じような役割をしてくれるのであれば、とてもありがたく光栄なご依頼だと思っています。

これからも、人々の心に寄り添う仏像を彫っていきたい

エステティシャン、臨床心理カウンセラー、そして仏像彫刻師。これまでの仕事を振り返ってみれば、私の根底には「心の癒し」がテーマとして存在しているように感じます。

私はいつも、依頼された方の思いを受け止め、感じ、祈りながら仏像を彫っています。そしてそのためには、自分の心を常に整えておくことが大事だと考えています。

心が乱れていると、やはりうまく彫ることができません。音楽やアートなどにも通じることだと思いますが、人の感情は作品に、そして仏像にも表れます。

そういった意味で、仏像彫刻と向き合うことは、一生終わることのない修行のようなものなのかもしれません。

慌ただしい毎日を送っていると、あっという間に1日が終わってしまいます。そんな日々の中、ほんの少しでも自分自身と向き合い、心静まる穏やかな時間を過ごしていただきたい。

今後も、澄んだ空間や時間を生み出せるよう、皆さまの心に寄り添う仏像を彫っていきたいと思っています。

42歳で仏像彫刻師としてやっていこうと決心したのは、かなり遅い出だしでした。

ただ、年齢を重ねてからのスタートだからこそ、これまでの過程で得た経験を、これからの仏像彫刻に生かせるのがメリットだとも思っています。

そして、自分にしかできない仏像を彫っていきたい。そうして完成した仏像が、必要としている方たちのお役に立てたら幸せです。

デザイナーアシスタント、受付業務、 重役秘書、事務職、営業職、エステティシャン、カウンセラー、セラピストなど、色々な仕事に携る。42歳で仏像彫刻に目覚め、関侊雲仏師に師事し学び始める。上野の森美術館別館で開催された「日本木彫刻展」の第2回(2016年)と第3回(2018年)に出展。48歳で「仏像彫刻工房 優月(ユウゲツ)」を開設。

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