「偲び足りない」ベルトコンベア式の葬儀から、故人と遺族に寄り添う葬儀へーー幸せな葬儀とお金の話
「グリーフケア」という言葉を知っていますか。大切な人が亡くなったとき、日本の伝統的な“一般葬”では、事務作業や会葬者へのおもてなしに追われて、大切な人を失った悲しみ(=グリーフ)を感じ受け止めるプロセスを経ないまま、過ぎていってしまうことが多いといわれています。
そんな遺族の悲しみの時間を見守り、支えていく「グリーフケア」を第一に考え、新たな葬儀のカタチを提案するのが、「鎌倉自宅葬儀社」の馬場翔一郎さんです。
※前回記事はこちら「骨壷は1万5千円、高級棺は500万円!? 葬儀とお金について葬儀社さんに聞きました」
“偲び足りない”ということに気が付く
──近年、葬儀はこじんまりと、コンパクトに行うことが世の中の流れとなっているなか、簡素化された葬儀では物足りないという声があると前回のインタビューでは、言われていましたが……。確かに喪主であったり、近しい遺族であればあるほど、葬儀が終わるまで悲しむ時間がなかった、という話をよく聞きます。
馬場さん:わたしは葬儀業界に入ってからずっと、ベルトコンベア式の葬儀に疑問を抱いてきました。亡くなった瞬間から、ご遺族は葬儀に向けてやらなければならないことが山積みの状態。「葬儀とはこうあるべき」という古くからの考えやしがらみのなかで、故人らしさやご遺族らしさが失われてしまった葬儀が行われているのかな、と感じていたのです。
もちろん伝統的な宗教葬は重んじていますし、時間を置かずに送ってあげたいと、葬儀自体を行わない意向の方がいるのもわかります。
ただ、僕が“自宅葬”をはじめたとき、たくさんの問い合わせがあった。自宅葬の潜在的なニーズは、高齢化社会、在宅医療の推進、核家族化……さまざまな社会的な背景と深く関係していると思います。
──“自宅葬”とは、自宅で葬儀を行う、ということですよね。
馬場さん:自宅葬と名付けていますが、必ずしも自宅で行う葬儀だけを指しているわけではありません。
ご自宅で人生の最期を迎えるということが叶わないのなら、せめて自宅か、それと同じような環境で葬儀を行えたら満足感が高いのではないか、と考えているのです。
葬儀で一番大事なことは、しっかりと偲ぶことであり、「やらなければならないこと」も「やってはいけないこと」を必死で覚えることではありません。ご遺族が故人を悼み、しっかりと偲ぶ時間を取ることが、一番大事なこと。故人やご遺族が過ごしていたご自宅でお別れの日を迎えられたら、お互いにとって思い出深い、大切な1日になるはずだと考えています。
──自宅葬の進め方、というのはどういったものなのでしょうか。
馬場さん:ご逝去したらご自宅に安置し、そこからゆっくりとお別れまでの時間を過ごしてもらいます。亡くなって安置をしたあと、わたしたちは最低1日、何もしません。
翌日から打ち合わせに入るのですが、まずご自宅にお伺いして、故人のお話をしていただいています。何が好きだったのか、どんな性格だったのか。プランニングのためにお伺いするというより、ご遺族がまず故人の思い出を落ち着いて話せる雰囲気にしたい。
例えば、「亡くなったおじいちゃんはよくこのソファーに座って、窓から富士山を眺めていたのよ」ということであれば、そこにお棺を置く。ピアノが好きな故人であれば、葬儀のときに娘さんたちに演奏してもらい送ってもらう。
たくさんお話を聞いて、家の造りや動線を見させていただくことで、故人の思い出とともに空間を整え、最後のお別れの日を迎えられるように準備をします。
家族の思い出となる葬儀を
──形式的なプランニングというよりも、ご遺族をグリーフケアしながらヒアリングをしていくといった印象ですね。具体的には、どんな自宅葬を行ったことがあるのでしょうか。
馬場さん:この間の葬儀では、故人が誕生日の1週間前に亡くなられました。あえてこちらから提案はしなかったのですが、通夜のお食事のあと、サプライズでケーキをお出ししたんです。ご遺族の方たちに、とっても喜んでいただいて。こういうものが、私の考える自宅葬なんだなと思いました。
こういった手配は、賭けなのかもしれません。悲しみのなかで、おめでとう、とお祝いしていいものなのか。
でも、弊社にお願いしてくださるご遺族の方は、温かみのある思い出深い1日にしたいと考えていると思います。その思いに応えられるようにしたいですね。
──葬儀というよりも、遺族が思い思いに過ごせる空間と内容作りといった感じですね。
馬場さん:そうですね。宗教葬でない場合は「お別れ会」という名目で進めることもあります。
故人との思い出からヒントを得て、型にハマらないその人だけの送り出し方を考えます。
──自宅葬で気を付けていることや、大事にしていることはありますか。
馬場さん:ご遺族にヒアリングしていくなかで、積極的に何か提案したり、仕切ったりすることはしません。大げさに言えば、いつもの1日を過ごしてもらいたい。
あとは、お料理はお寿司やてんぷらなどの仕出しではなく、個人の料理人にケータリングしてもらうこともできます。故人がカレーライスが好きだったら、みんなでカレーを食べればいいと思う。鎌倉には美味しい野菜や素敵なレストランがたくさんあるので、そういったところにストーリーのある食事を、指示を出して作ってもらったりもします。
悲しみのなかではありますが、ご家族みんなで温かく、美味しいお食事を囲むのは、大事なことだと思っています。
──大きな一軒家でないと、自宅葬は難しいのでしょうか。
馬場さん:そんなことありませんよ。自宅葬は、六畳一間でもできる葬儀です。マンションなどであれば、管理会社さんなどの許可が必要ですが、要望があればわたしたちが掛け合います。
また、自宅葬を行うことでご遺族が気にされるのが、遠い親戚や、故人の縁故関係以外の友人や知人からの「会葬したい」という声をどうするのか。
これらは、「ご家族だけで送りたい」というご遺族の思いを、わたしたちが伝えさせていただきます。お別れをしていただくのは、ご遺族が落ち着いてから。昔と違って、ご遺族だけでの葬儀への理解が広まってきていると思います。
増え続ける、サードウェーブ葬儀とは?
──ちなみに、こだわりが強い新たな葬儀というのは、近年低額化しているといわれる一般葬の葬儀費用と比べて、かなりお高いのでしょうか……?
馬場さん:鎌倉自宅葬儀社では葬儀費用を明確にしています。無宗教の方のためのシンプルなものが25万円から、宗教的な儀式を必要とされる方向けには35万円から、わかりやすくプランを設けております。最低限のご予算で、納得のいく葬儀を行っていただきたいというのが、私たちの思いです。もちろんご予算のご相談にも乗っています。
──一般的な葬儀費用の平均である188万円(※前記事参照)と比べると、かなりお安い価格設定ですね。
馬場さん:近年、葬儀にかける費用についての考え方が変わってきていると思います。何にこだわり、どこにお金をかけるのか。削るべきところは削り、こだわるところはきちんとお金をかける方が増えてきています。
鎌倉自宅葬儀社に問い合わせをしてくるお客様は、立派な祭壇や棺を設けることではなく、なぜ祭壇が必要なのか、その意味を大事したいという方が多いです。
──馬場さんのもとへの問い合わせは、どういった方が多いのでしょうか。
馬場さん:自分の葬儀をしてほしい、という方が7割。あとの3割が、大切な人の葬儀を……という喪主様やご遺族からの問い合わせです。
ご本人が望む葬儀だということは、ご遺族にとっても良いお葬式だということ。
遺された方たちはどうしても、「こういう風に送り出さなければいけない」「こんなことはしちゃダメなんじゃないか……」などの思いにとらわれがちです。でも、葬儀に決まったカタチはない。もっと自由に、柔軟に「お葬式」を考えていいのです。
──馬場さんのほかにも、葬儀業界で新しい葬儀の提案は増えてきているのでしょうか。
馬場さん:火葬を終えたあとゆっくりお別れ会をしようということを提案してる「ストーリー」さんや、ユニークな葬儀を提案する「アーバンフューネス」さんなど、葬儀業界には新たな風が吹き込まれていますよ。
わたしたちをはじめ、みなさん共通する思いは「しちゃいけないことを考えるのではなく、してあげたいことを考えてほしい」ということ。
「笑顔葬」を主宰する寺井広樹さんは、「音楽葬」や「漫才葬」、イケメンに涙を拭いてもらう「イケメン葬」なども提案しています。
──イケメン葬ですか 面白いですね。でも、新たな葬儀のなかでご遺族との信頼関係を築きあげるのは、たやすいことではないのでは。
馬場さん:「葬儀社は歯を見せてはいけない」などといわれるように、わたしももちろん、葬儀社としての振る舞いは最大限に気を使っています。でも、何度もご遺族のもとに足を運ぶなか、「もう私服で来ちゃいなよ」などという言葉をかけていただいたこともあります。
また、葬儀が終わったら、わたしの役目は終わりというわけではありません。葬儀のあと、ご自宅の売却の相談を受けてそのお手伝いをしたり、毎年の法事に顔を出してほしいというありがたいお誘いもあります。葬儀社としての本望ですね。
──悲しみのなかであっても、亡くなった方の送り出し方を考える余地があるということは、お別れを素敵な思い出にしたいということですよね。これも、「グリーフケア」の一環なのかもしれません。
馬場さん:多様化する葬儀を知ることで、選択肢がたくさんあるんだということをたくさんの人に知ってほしい。わたしがしていることは、啓蒙活動だと思っています。
葬儀は、やはり大切な儀式です。時代背景がどんな風に変わっていっても、故人を弔うことは大事なこと。そのやり方は、多様であるべきだと思います。
また、お葬式の話は決して不謹慎なことではない。もっと、オープンに「お葬式」の話をしていってほしいと思っています。
葬儀屋さんというと、とっつきにくく堅いイメージでしたが、馬場さんとお話をしていると「ぜひこの方に大切な人の葬儀をお願いしたい」という思いが生まれます。結婚式のウェディングプランナーのようにきめ細やかに、ご遺族と寄り添いながら二人三脚で大切な1日を作り上げていっているという印象でした。
実際、これまで葬儀に会葬しても「どういった葬儀だったか」と思い出に残っている葬儀は少ないのかもしれません。“自宅葬”は、思い出した時に、悲しい気持ちよりも温かさが残る、幸せな葬儀のカタチなのではないかと思います。
大切な人が亡くなったら、感謝と労いの気持ちを込めて、思い出の自宅から送り出してあげたい。故人も遺族も「幸せになれる葬儀」とはなにか、を考える良い機会になりました。
20歳から葬儀業界に従事し、葬儀施行だけでなく、葬儀に関わるお花、返礼品、料理、テントなどさまざまな業務にも携わり、神奈川、東京、埼玉などさまざまなエリアで、葬儀に立ち会う。13年間業界に従事した経験から、「最後の思い出つくり」の場としての自宅葬の企画をカヤックに持ち込み、2016年8月に100%子会社として、「株式会社鎌倉自宅葬儀社」を立ち上げ。取締役に就任。