イマドキのかき氷は、なぜ1,000円超えが普通なのか?
初めまして。トーキョーウジキントキという日本最古のかき氷ブログを2003年からやっています、ayanoと申します。15年間でかき氷を食べたお店の数は400店強、季節関係なく月に平均約15杯、1年に180杯くらいのペースでかき氷を食べている、かき氷ブロガーです。
今回は「最近のかき氷、ちょっと高いんじゃないの?」というお題で書いてみようと思います。“かき氷×お金”がテーマではありますが、私がかき氷を食べ歩くようになった過去15年に見聞きしたことを振り返る、ちょっとしたかき氷の歴史のお話になる予定です。
かき氷にハマったきっかけは、秩父「阿左美冷蔵」
「天然氷のかき氷は、頭がキーンとしない」なんていう話を聞いたことがありませんか。振り返れば、私がかき氷にハマるきっかけになったのも、やはり天然氷でした。
今から15年以上前の話。2002年の夏、秩父にある天然氷の蔵元「阿左美冷蔵」で、天然氷をふわっと削ったかき氷を食べたのです。とても大きなかき氷だったのに、あっさり完食。ふわふわと柔らかなかき氷はあっという間に私のおなかの中に消えてしまい、もちろん頭がキーンとなることもありませんでした。そしてこのとき私は本当に驚いたのです。
「かき氷って、こんなにおいしいものだったのか!」と。
このとき受けた衝撃がきっかけで、おいしいかき氷を探す&かき氷を食べたら記録を書いてネットに公開するという活動を始めました。
翌年、Movable Typeというブログシステムの日本語版が発表されたのを機に、レンタルサーバーを借りてMovable Typeをインストール。こうして、日本最古のかき氷ブログ「トーキョーウジキントキ」が始まりました。
最初は夏の暑い時期だけ限定更新で、東京近郊担当の私と、名古屋担当の友人の二人がかり。後に名古屋担当の友人が引退したので、私が日本全国+海外のかき氷情報をブログやSNSに書いて情報発信しています。
トーキョーウジキントキの目的は、おいしいかき氷の情報を広めること。そして「世の中には頭がキーンとしない、本当においしいかき氷がある」と世間に知らしめること。
ここ数年、かき氷の人気はどんどん上がっているし、頭がキーンとしないおいしいかき氷があることも“常識”になってきたので、トーキョーウジキントキの使命は終わったのかもしれないなと思いつつ、今もライフワークとしてかき氷を食べ続けている日々です。
今、かき氷の値段の相場はいくらくらい?
さて、前置きが随分長くなってしまいました。そろそろ本題の「最近のかき氷、ちょっと高いんじゃないの?」について考えていきたいと思います。
もともとは「夏の手軽なおやつ」というイメージが強かったかき氷。冷凍庫の氷を出してきて家で削って食べたり、お祭りなどの屋台で数百円のかき氷を食べたり、というのが私もかき氷の原体験でした。
あとは、夏は暇になるたい焼き屋や今川焼き屋、あるいは甘味処などで、小豆や抹茶がかかったちょっと上品なかき氷を食べる……というくらいでしょうか。それでも、私がブログを始めた2000年代初頭にはかき氷は450~600円前後が相場。800~900円も出せば、かなり高級なかき氷という印象でした。
「高いけどおいしい」というのでよく覚えているかき氷が3つあります。
・虎屋茶寮(赤坂本店、帝国ホテル)
・銀座・三徳堂(空輸された台湾マンゴーが1個分載るかき氷)
・パティスリー・サダハル・アオキ・パリ
それが上記の三店。1,000円を超えると私の中では「高い!ぜいたく!」でも「おいしいから納得」と思っていました。これが2000~2010年くらいまでの話。
しかし今では、1,000円超えのかき氷はまったく珍しくありません。現在、ある意味かき氷の高価格化を牽引(?)しているのが、東京大学の構内にある「廚 菓子 くろぎ」。メニューは月ごとに変わりますが、かき氷単品で1,600~1,850円、珈琲とのセットで2,400~2,650円。期間限定で3,500円するトマトのかき氷を提供していたこともありました。
とはいえ、ここのかき氷はサイズも大きいし(一人では食べきれない人も多いはず)、独創性があっておいしい。私自身も納得して何度も通っているので、これはこれで大いにアリだと思います。
中には鹿の子や白あん、はちみつが入っている
ここまで高くはないにしても、昨今は1,000円超えのかき氷が普通になりました。
いくつかメニューがあるうちの一つが1,000円超え、というパターンはまだ分かるとして、「今年からかき氷の提供を始めます、値段は1,200円~です」みたいなお店も増えており、かき氷に高いお金を払うことに人より抵抗がない私でさえ「ずいぶん強気な値段設定だなぁ」と思うことが増えました。
年に数回、暑い頃にかき氷を食べるだけの人にとっては、"ありえない"値段と感じられるのではないでしょうか。
もちろん、単純に高くなったわけではありません。最近のおいしいかき氷は、昔の「氷を削ってシロップをかけた」だけのものとは別物。温度管理した氷をふわっとかき、厳選された材料を使った手作りシロップをかける、いわば“グルメかき氷”が今やかき氷界の主役です。
2018年現在、きちっと計算したわけではないですが私の肌感覚として、こうしたグルメかき氷の値段の相場は800円前後が普通。1,000円を超えると「ちょっと高いかな」、1400円超えると「高いな」と思います。
なぜかき氷の値段が上がったのか?
さて、それではなぜ、かき氷の値段が上がったのか? ここからはグルメかき氷の歴史を振り返りながら、それを考察していきましょう。
現在の、いわゆる"グルメかき氷"が普及するようになるまでは、いくつかのターニングポイントがありました。その中で特に大きな3つを挙げるならば、
・2011年 東日本大震災
・エスプーマという技法の浸透
・Instagramの隆盛
です。ほとんどの方には「何のことやら?」だと思うので、以下、説明していきたいと思います。
2003年~:グルメかき氷の原型は「季節の果物のシロップ+天然氷」
昨今盛り上がっているグルメかき氷の原型を作ったお店が、2003年にオープンした「埜庵」です。
それまでは地元でほとんど消費されていた日光や秩父の天然氷を神奈川県まで持って来て(現在は鵠沼海岸、オープン当初は鎌倉にお店があった)、確かな技術でふんわりと氷をかき、季節ごとの旬の果物や、和三盆などの高級食材を使った上質なシロップをかけておいしいかき氷に仕立てるという、画期的なお店でした。
グルメかき氷、あるいはこだわりのかき氷とは「季節の食材のシロップ+天然氷」であるという認識は、現在広く浸透しています。季節の食材を使うために、メニューも固定ではなく、数週間おきに変わっていく。これは埜庵が確立した日本のグルメかき氷のスタイルであり、現在、かき氷をウリにしているお店の多くはこれを踏襲しています。
さらに埜庵は、「かき氷専門店」という存在のパイオニアでもあります。それまでにも、氷屋さんや一部の甘味処で一年中でかき氷を提供するというお店は(数は少ないながら)ありましたが、商品は基本的にかき氷専門*1、たとえ真冬でもかき氷を提供するというお店は埜庵が最初でした。
その後、千葉県柏に三日月氷菓店というかき氷専門店がオープンしましたが、どちらのお店も夏場以外は当然お客が減り、冬場はとても苦労していました。
2004年、埜庵のかき氷の価格は600円。その後2010年ごろまでの価格を調べても、大体600~800円程度です。ちなみに2004年に赤坂虎屋茶寮で宇治金時(1,100円)を、2005年にパティスリー・サダハル・アオキ・パリでバラとイチゴのかき氷(1,200円)を食べて「高いけどおいしいし納得」と思ったことも当時ブログに書いています。
2011年:東日本大震災がきっかけで“グルメかき氷”に注目集まる
2011年、東日本大震災が起こりました。地震、津波の被害も甚大でしたが、その年の夏、東京で大きな話題になっていたのが、原発事故を受けての節電、そして「夏の暑さをどう乗り切るか」でした。この年、東京のテレビ局は情報番組などでかき氷の話題を取り上げることが急増したのです。
そんな2011年5月にオープンしたかき氷専門店が、日暮里にある「ひみつ堂」です。
山手線内にかき氷専門店ができたのは、これが初めて。埜庵や三日月氷菓店に比べると、都内にあるテレビ局から近いため取材しやすく、しかも手動のかき氷機で氷をかく様はとても絵になる。
かき氷がおいしく食べられる気温を保つため、店内にエアコンを入れず自然の風が通るようにし(節電&エコ!)、132(=ひみつ)種類を目指してさまざまなかき氷を提供する、というコンセプトもすばらしく、ひみつ堂のグルメかき氷はさまざまなテレビ番組で紹介されました。
ひみつ堂をきっかけに「季節の果物+天然氷」というグルメかき氷の認知が一気に進みます。さらに、この数年前から日光の天然氷の蔵元が、地元だけでなく都市部で天然氷のプロモーションを進めるようになったこともあり、2011年ごろから関東でも天然氷を使ったグルメかき氷を食べられる店がどんどん増えていきました。
2011~2015年ごろ、グルメかき氷が普及するのと同時に、大きな変化が二つありました。一つは夏以外にも通年でかき氷を提供する店が増えたこと、もう一つはお茶屋さん(例:しもきた茶苑大山)、ラーメン屋さん(例:ねいろ屋)など、かき氷専門店ではないのに、かき氷がおいしいと知られる店が出てきたことです。
通年でかき氷を出すお店が増えたことにより、“季節ごとのかき氷”は大きく進化しました。夏場はさっぱりした味の果物のかき氷がおいしいですが、秋冬はクリームやチョコレート、酒粕などを使った、こってりと重めの食感のかき氷がおいしく感じられます。
さらに、クリスマス、バレンタインデーやホワイトデーといったイベントに絡めた期間限定の氷は、デコレーションにも工夫を凝らします。
クリスマス、バレンタインデー、ホワイトデーなど冬場のイベントかき氷はその後さまざまな店に広がり、人気の企画となっていく。
もともと日本茶の専門店だが、エスプーマかき氷(右、後述)にも早くから取り組むなど、現在につながるさまざまなトレンドの先駆者だ。
こうした“もったり重め”かつ“見た目もかわいい”グルメかき氷は、東京近郊で人気を博すようになり、2011~2015年ごろに大きく進化しました。当時のブログを見返すと、グルメかき氷の値段は800円くらいが主流で、手の込んだものや原価が高そうな一部のメニューは1,000円前後の値付けをしているところが多いです。
2015~2016年:エスプーマ、クリームの普及でかき氷の表現が広がる
2011~2015年ごろの変化について、“もったり重め”かき氷の話をもう少し続けます。2012年、祐天寺の和食店「もちの花*2」がかき氷に実験的な技法を取り入れました。
「エスプーマ」という、半液体状の食材にガスを注入し、食材を泡状にする技術です。シロップを泡にして、かき氷の上にふんわり載せるという試みを始めたのです。その後も、しもきた茶苑大山などの取り組みにより、エスプーマかき氷はじわじわと進化していきました。
同じ時期にもう一つ増えていたのが、クリームを使ったかき氷です。生クリームやカスタードクリーム、チーズクリームや酒粕クリームを使ったかき氷は秋冬こそおいしく感じます。
パフェやケーキのような、こってりと食べ応えのあるかき氷が登場してきたのがこの頃です。
2015~2016年、エスプーマやクリームを使ったかき氷を主力とする人気店が現れます。エスプーマなら「ブンブンブラウカフェ」(東京・旗の台)や「銀座のジンジャー・本店」(東京・銀座一丁目)、クリームなら「和kitchenかんな」(元「もちの花」、東京・三軒茶屋)、前述の「廚菓子くろぎ」(東京・本郷三丁目)などです。
いちごのシロップを赤いツヤツヤした泡(エスプーマ)にして、高く盛り付けたかき氷の上からかけている。
エスプーマやクリームは、かき氷の盛り付けや表現方法を大きく変えました。それまでは氷の下や中にシロップや具を仕込むことはできても、かき氷の“上”にはシロップをかけるだけ、せいぜいてっぺんに飾りの食材を載せる程度のことしかできませんでした。
しかし、エスプーマやクリームをかき氷の上にかければ、さらにその上に具材を載せることができます。ふわふわの泡の上にカラフルなおいりを載せたり、生いちごのシロップをかけたかき氷に生クリームを載せて「ショートケーキ風」としたり、見た目にも華やかなかき氷が増えました。
見た目もケーキのようなかき氷が登場するのもこの頃です。「セバスチャン」(東京・渋谷区)、「慈げん」(埼玉県熊谷市)などでは「これ、本当にかき氷?」と思うような、ケーキそっくりのかき氷を提供し始めました。
こうしたかき氷のトレンドは、関西に飛び火。特にエスプーマかき氷は関東以上に盛り上がっています。2015年にオープンした「ほうせき箱」(奈良県)が代表格ですが、2017年ごろブームが加速。京都や大阪など、関西ではここ数年、エスプーマやクリームを載せたかき氷が人気のお店が続々増えています。
2016年~:Instagramの隆盛でかき氷好きの若い女性が増える
かき氷好きの有名人といえば、2000年代にはなんといっても女優の蒼井優さん(1985年生まれ)が代表格。雑誌『Casa』にかき氷連載を持つほどのかき氷通として知られていました。
ここ数年かき氷好きとしてよく取り上げられるのは、フィギュアスケートの浅田真央さん(1990年生まれ)や村上佳菜子さん(1994年生まれ)、アイドルの松井玲奈さん(1991年生まれ)、女優の杉咲花さん(1997年生まれ)など、もっと若い世代の女性たち。
実はいま、10~20代の若い世代の女性にかき氷好きが急増しているのです。彼女たちの情報源は主にInstagram(以下、インスタ)。インスタに投稿されたかき氷写真を、ハッシュタグで検索することでおいしいかき氷を探し、自分でも食べに行ってまた写真をアップする……というのが、最近のかき氷好きにとっては一般的な行動になっています。
Instagramで「#かき氷」を検索すると、さまざまなかき氷の写真や店舗の位置情報が見られる
なぜかき氷好きの若い女性が増えたのか? 私は2つ理由があると思っています。
1つは、上に書いたようにかき氷の表現方法が進化したことにより、見た目にも華やかで"インスタ映え"するかき氷が増えたこと。
目で見て楽しく、食べておいしいかき氷は、単に食べにいくだけでなく写真を撮ってSNSにアップする楽しみも味わえます。
もう1つは、エスプーマやクリームを使ったケーキやパフェのようなかき氷が増えたことです。同じ食べるなら、カロリーが高いケーキやパフェより、同じようにクリームを味わえてしかもカロリーが低いかき氷のほうがいい。
かき氷なら複数杯食べたり、大きいものを食べても罪悪感が少ない(ダイエット的な意味で)……こうした理由で、かき氷好きな若い女性が増えたのではないかと私は推測しています。
余談ですが、インスタの普及はもう一つ大きな変化をもたらしました。かき氷を写真+ハッシュタグで探すという手法が普及したことで、日本のグルメかき氷が海外に飛び火したのです。
台湾「ICE MONSTER」や韓国「ソルビン」のインスタ映えするかき氷が日本で人気を博したように、日本式のグルメかき氷を出す店が海外で増えつつあります。特に台湾では「日式冰品」などの名で大人気。もともと台湾には独自のかき氷文化があるのですが、日本のグルメかき氷を提供する日式かき氷店があちこちにできています。
2016~2018年の記録を見ると、エスプーマやクリーム系のかき氷を主力とするかき氷店を中心に、かき氷はほとんど850円以上というお店が増えます。3ケタ円のかき氷がないわけではないが、ほとんどのかき氷が1,000円以上、というお店も都心部では増えました。
そして2015年ごろから(値段が高い代わりに)大きなかき氷を出すお店が増え、その一方で、昔はときどきあった「希望者にはおかわりの氷をサービスする」というお店をほとんど見かけなくなった気がします。
かき氷は今や、1年中楽しめるデザートになった
以上、駆け足でここ15年のかき氷の値段と歴史について振り返ってみました。「トーキョーウジキントキ」を始めた頃と今とでは、かき氷をめぐる状況は大きく変わっています。
「夏の暑い時期に食べるおやつ」だったかき氷は、今や1年中楽しめるデザートに進化しました。むしろ氷のコンディションを考えれば、夏以外の方がおいしく食べられるため、人気店では真冬でも行列ができています。
上述のとおり今では1,000円超えでサイズも大きいかき氷が普通になっていますが、それだけに最近は、安くておいしいかき氷に出合うとうれしさ倍増です(心置きなく何種類も食べられる!)。
かき氷の魅力に目覚めてかき氷をつくる人たちが増えたり、かき氷機の進化もあったりして、全国的にかき氷のレベルが上がっています。マスコミで紹介される人気店はどうしても大都市圏が中心ですが、最近は都市部以外でもおいしいかき氷に出合える確率が上がってきました。
「こんなところにおいしいかき氷があった!」といううれしい驚きは、かき氷を食べるためだけに旅行をしたり、行く先々でかき氷を探して食べたりしている私にとっては何よりのご褒美です。
また、SNSの普及のおかげでかき氷の情報は飛躍的に増えました。探そうと思えばいくらでもかき氷情報を得られるし、簡単に発信できる。かき氷好きな人は簡単においしいかき氷に出合える、いい世の中になったなぁと思います。
かき氷好きが高じて自分でもかき氷を作るようになってかき氷屋さんを始めたり、かき氷評論家になって本を出したりといった人も増えていますが、私は今後も一ブロガーとしてかき氷を食べ、日本のかき氷事情がどうなるのかを死ぬまで観察していくのだろうと思います。
このコラムで、一人でも多くの人がかき氷を食べたくなったり、好きになったり、「かき氷って面白いな」と興味を持ってくれますように。そして、かき氷が食べたくなったら、「トーキョーウジキントキ」の過去記事を見てみてください。日本だけでなく、海外のかき氷情報も載せていますから。
今年の夏は毎日毎日、うだるほど暑い日が続いています。明日は、かき氷を食べに出掛けてみませんか?
日本最古のかき氷ブログ「トーキョーウジキントキ」の中の人です。2003年からおいしいかき氷を食べるとネットに発信しています。食べるペースは1年に180杯くらい。カレー&かき氷&餃子&蕎麦LOVE。辛くておいしいモノ、温泉とサウナもLOVE。
*1:寒い時期にはドリンクや軽食メニューも提供する
*2:現在は三軒茶屋に移転し「和kitchenかんな」として営業