年間250日は肉を食べる小池克臣が語る、お金の価値を最大限に高める「和牛」の神髄
1年365日のうち約250日は肉を食べている、肉バカ・小池克臣と申します。特に「和牛」が好きで、年間の和牛摂取量はおそらく100kg以上です。
豚や鳥に比べると牛は値段の高い素材ですが、その中でも和牛は最も高価です。だからこそ、和牛を選ぶのであれば「本当においしくて、心から感動するもの」を食べたいし、食べてもらいたい。そんな思いから、20年以上にわたって、あらゆる時間とほとんどのお金を和牛に費やしてきました。
今日は、和牛の世界を追求し続けてきた私が、約20年で得た“おいしい和牛”の情報をお伝えしたいと思います。
和牛にのめり込んだ私の「和牛履歴書」
まず、私がいつも使っている自己紹介があります。
『横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々』
この言葉に、私の和牛履歴書の全てが凝縮されていると言っても過言ではありません。
私は、1976年に横浜市で生まれました。父親は魚屋を営んでいて、今でも現役で魚をさばいています。そんな家庭で育ったため、子供の頃から毎日のように魚が食卓に並びました。その日の献立がカレーライスだろうと、トンカツだろうと、隣には決まって焼き魚と刺身があったのです。
確かに魚はおいしかったです。いや、おいしかったはずです。しかしこうも魚が続くと、さすがに「魚ではなく牛肉が食べたい」という思いがどんどん強くなっていきました。
そんな私の思いを感じ取っていた両親は、月に1〜2回の外食で、必ず焼肉店へ連れて行ってくれました。焼いたお肉にたっぷりとタレをつけ、ご飯の上でバウンドさせて口にすれば、この世のものとは思えない衝撃的な感動が広がりました。骨付きカルビの骨に吸い付いたり、親の目を盗んで並カルビではなく上カルビを頼んだりもしました。
転機は、大学1年生のときに訪れました。ある日、家庭教師のアルバイトで頂いたお給料を確認すると、いつもより金額が多かったのです。驚いてバイト先のご家庭にうかがってみると、「日頃からお世話になっているので、差額はお中元です」と、庶民学生だった私にとって衝撃的な言葉が返ってきました。
思わぬ臨時収入に気分が高揚した私は、当時付き合っていた彼女を連れて、すぐに焼肉店へ駆け込みました。東京・新宿にある、当時憧れだった叙々苑グループの最高峰「叙々苑游玄亭」。初の叙々苑にして初の游玄亭という荒業を繰り出せたのも、予期せぬ臨時収入が手に入ったからでしょう。
叙々苑 | 良質吟味、おいしさが最良のサービス
店内はゆったりとした大人の空間。衣服を守るための紙エプロンは、自分が手を出すまでもなく店員さんがつけてくれるという至れり尽くせりっぷり。目の前にやってきた牛肉には綺麗なサシ(霜降り)が入っていて、骨付きカルビは店員さんが手際よくハサミで切り分けてくれる……。
このとき体験した全てが、今まで食べてきた焼肉とは異なるカルチャーでした。和牛を含む牛肉の数々に鼻息を荒くしている私の目の前で、同じように興奮している彼女の姿を見たとき、私はどんな人も幸せにする焼肉のすごさをあらためて感じたのです。
生まれて初めて自分のお金で焼肉を食べたことで、自分が一歩大人に近づいたという感覚もありました。このとき支払った金額は今までの食費の最高金額をあっさりと更新する数字でしたが、それ以上に得るものが大きい焼肉だったと感じています。
こうして、叙々苑游玄亭で今まで以上の快楽を覚えてからは、親に連れて行ってもらう焼肉だけでは満足できず、自腹を切っての焼肉活動をすることになりました。叙々苑游玄亭ほどの高級店には行かないものの、月に1〜2回の焼肉代を捻出するためにバイトを掛け持ちするほど熱量が高まっていたのです。
その後、就職して給料が上がっていくと、焼肉を中心とした和牛を食べる頻度もだんだんと増えていきました。今では、毎年コンスタントに年間250回ほど焼肉を食べに出歩いています。平均すると週5回という計算です。
元々1つのことにのめり込む性格だったので、肉を食べ歩くだけでなく、食肉市場や牧場訪問を重ねて、和牛に関するありとあらゆることを追求するようになりました。そして、私は肉の深みにどんどんとはまっていくことになったのです。
やがて、少しでも多くの人に「和牛を食べてみたい」と思ってもらえるようにと、食べた牛肉やそのお店の感想をつづる「No Meat, No Life.」というブログを更新するようになりました。約10年前の2008年から続けていて、私の牛肉人生の主軸にもなっています。
この他、TwitterやFacebookでも、サービスごとに読み手を意識して切り口を変えながら情報を発信しています。食べるだけに飽き足らず、牛肉研究サイト「Beef-Lab.com」も開設しました。
これらの情報発信を続けた結果、2017年に『肉バカ。』(集英社)、2018年に『The Wagyu Book』(実業之日本社)という本をそれぞれ出版しました。今回のような寄稿や連載を持つようにもなり、今まで和牛に対して出費するだけだった状態から、和牛のおかげで収入を得るようにもなりました。ここまでのめり込んできたことが世の中に受け入れられたように感じて、とにかくうれしいです。
私の生き方は「No Meat, No Life.」というブログ名そのものです。だからこそ、牛肉以外の出費は極力避けています。
住居は、子供の成長で戸建てを購入するタイミングになったときに、当時住んでいた神奈川から土地代の安い千葉へ引っ越しました。通勤時間を考えればかなり不便になりましたが、和牛を食べるためと考えれば決して大変だとは思いません。不思議と、車や洋服に対する人並みの欲求もだんだんとなくなっていきました。とにかく和牛が食べたいのです。全てを和牛に費やしたいのです。
買い物をする際も、独自の金銭感覚を持つようになりました。値段を見たときに、その金額で何回焼肉に行けるかを考え「1焼肉」「2焼肉」と換算するようになったのです。その商品を買うよりも、その値段の数だけ焼肉に行った方が満足できそうであれば、決して購入しないようになりました。
牛肉の中でも群を抜くほどおいしい和牛の魅力
まずは、私がここまでのめり込んでしまった和牛について、もう少し詳しくご紹介します。
和牛の品種は、日本人に最も馴染みが深い「黒毛和種」(松阪牛・神戸牛・近江牛など)をはじめ、赤身ブームで人気に火がついた「褐毛和種」と「日本短角種」、そして「無角和種」の4品種が存在します。
スーパーで見掛ける国産牛は、日本で育てられた「ホルスタイン」や、ホルスタインと黒毛和種の交雑種である「F1」のことで、和牛とは異なります。
和牛の一番の特徴であり、全身に入る細かなサシからは、和牛香と呼ばれる上品な香りと脳を刺激する甘みを感じることができます。大量生産型ではなく、1頭をじっくりと育てる肥育技術によって、赤身を口にすると強い旨味が広がっていくのです。牛肉はどんな品種でも本当においしいと感じられる素材ですが、中でも和牛の味は群を抜いています。
ここ数年は和牛の輸出解禁のおかげで、海外でも本物の和牛が食べられるようになってきました。サシがほとんど入らない赤身主体の牛肉を食べてきた海外の人々も、和牛の味を知って大きな衝撃を受けたはずです。私のSNSには、和牛に興味を持ち始めた海外の人々から多くのメッセージが届くようになりました。
輸出が拡大するにつれて、普段私たちが食べる和牛の値段も随分と上がりました。私の食費の多くを占める和牛が値上がりするのはつらいですが、和牛の価値が正しく評価された結果ということを考えれば当然のことでしょう。
和牛の生産者が少しでも金銭的に潤うということは、将来の和牛業界にとって絶対に必要なことです。これから50年後もおいしい和牛を食べたいという願望がある私としても、今の業界の流れはとても大事だと思っています。
お金の価値を最大限高める、和牛の選び方と楽しみ方
和牛は非常に高価な食べ物です。しかし一般的には、その価値に対する消費者の判断基準が、格付けやブランド名以外にほとんどないのが現状です。
魚の場合は値段と品質がある程度比例していますが、牛肉に関しては品質と値段がかみ合っていないケースがよく見られます。テレビや雑誌、インターネットなどのメディアを通じた宣伝の影響がまだまだ大きいのです。
なので、同じ1万円で販売されている牛肉でも、その味わいは千差万別です。
では、和牛に対するお金の価値を最大限に高めるためにどうすればいいのか。私が最高の牛肉を選ぶ際に注目している「産地」「月齢」「性別」「飼料」「水質」「血統」「生産者」のポイントをお教えます。
どの和牛にも「個体識別番号」と呼ばれる管理番号があるので、そこから産地・月齢・性別・生産者を確認できます。飼料・水質・血統はかなり調べないと分からない場合が多いので、ここでは参考程度にしてください。
まず産地ですが、私は兵庫県・滋賀県・三重県・山形県・岩手県産の和牛が好きです。これらの産地は、牛肉をおいしくするとされる寒暖差がある上に、和牛肥育の歴史が長いという特徴があります。代々受け継がれてきた技術や各産地の強いこだわりが、味の良さにつながっているのではないかと思います。
月齢は、長くなるほど牛肉の旨味が濃い傾向になります。一般的には、32カ月以上の月齢であれば上物と考えて良いでしょう。性別に関しては雌と去勢がいますが、脂の質や肉の味わいでいえば雌の方が優れています。
飼料は、一般的なトウモロコシではなく、大麦を多く与えていると良いです。こうすることで、肉にサシが多く入ります。水質は地域によって異なりますが、軟質が特に良いと聞いたことがあります。
血統でも味は異なります。中でも、味という観点でいえば「但馬牛」に勝るものはありません。和牛は品種改良が盛んなので全国の血統が入り混じっていますが、兵庫県産の牛は但馬牛の血統を守り続けています。特に「松阪牛」「神戸ビーフ」「近江牛」が日本三大和牛と呼ばれだした頃は、これら3つの産地のほとんどが兵庫県産の但馬牛の血統でした。
最後に生産者ですが、素晴らしい生産者は上記の条件を全て考慮して牛を肥育しています。その上で1頭1頭に愛情を注ぎ、手間暇を惜しむことなく肥育しているのです。なので、まずは自分がおいしいと感じた牛の生産者を調べることが大事です。
私は年間250回の焼肉活動を通じて、年に2〜3回は身体中の血が逆流しそうになるほどおいしさに興奮する牛肉と出会うことがあります。最近だと、兵庫の田村さんという方が生産された神戸ビーフがそうでした。
私の場合、感動的な牛肉と出会ったら、まず牛肉の個体識別番号をお店の方に聞いて生産者を調べます。こういったデータの蓄積を10~15年続けていると、面白いことに、以前口にして感動した牛肉と同じ生産者だったということが何度もあるのです。その人こそ、自分の好みにぴったりと合った生産者だということでしょう。
このように、生産者を含めた各条件を満たす牛肉にお金を支払うことが、お金の価値を最大限に高めることだと思います。
また、和牛のおいしさを極限まで堪能したいときに大事なのは、ワインのようにテロワール(要素)の違いを楽しむということ。格付けやブランド名だけでなく、和牛の味に影響を与える細かな産地・飼料・水質・血統・月齢・性別・生産者で変わる味わいを知り、自分の好みにあった和牛を探してみると良いでしょう。食べたときに予想の味わいとどう違ったかを答え合わせするのも楽しいです。
和牛は個体差があるので、全ての条件が一致していても、想像していた味わいと違う場合もあります。ですが、何度も食べているとやはり傾向はあると感じますし、こういった違いがワインのように確立されれば素晴らしいと思います。私も自分自身が感じた味の違いを発信していくことで、今までにない和牛の新しい価値観を生み出したいと常に考えています。
値段別に見る、私にとって至高の焼肉店
ここからは、私がこれまでに通ってきた焼肉店の中でも感動するほどおいしい牛肉を提供しているお店を、1回の来店で使うおおよその値段別にご紹介します。
5,000円以内で楽しむなら老舗焼肉店「冨味屋」へ
東京・浅草には、所狭しと焼肉店が軒を連ねる「焼肉横丁」と呼ばれる細い路地裏があります。こぢんまりとした味のある店が多く、店内では子供たちが宿題をしていたりテレビを見ていたりすることもあるなど、昭和にタイムスリップしたかのような感覚を覚えます。
そんな激戦区で圧倒的に高評価なのが、老舗焼肉店「冨味屋」です。牛肉は切り置きなど一切せず、注文が入ってから1枚1枚手切りしています。焼肉店の命であるタレが、またおいしいのです。派手なパフォーマンスはないですが、誠実な仕事ぶりに余計心が惹かれます。
ちなみにここは、東京・西麻布の名店「カルネヤサノマンズ」を展開する高山シェフのご実家でもあります。
10,000円を出すなら、タレが絶妙な「焼肉くにもと」がおすすめ
今はやりの派手さは一切ありません。あるのは、王道を突き詰めた、ただただシンプルでおいしい焼肉のみ。牛肉の上にウニやキャビアを乗せた焼肉が好きな人には合わないかもしれませんが、焼肉を食べ込んだ肉好きであればあるほど、東京・浜松町に店を構える「焼肉くにもと」のすごさにハマってしまうでしょう。
なぜなら、焼肉を突き詰めると、最終的にはタレに行き着くからです。塩だけで異なる部位を食べ続けると違いが分かりにくくなりますし、塩で食べるなら焼肉のような薄切りよりもステーキのような厚切りを食べる方が適しているでしょう。
技術のないお店のタレは、肉の味を消し去ります。しかし、くにもとのようにこだわっているお店のタレは、肉の味をより際立たせてくれるのです。
個人的に、日本一うまい焼肉のタレを提供しているお店だと思っています。
方向性の違うモミダレとツケダレの絶妙なバランス、和牛の旨味をより引き立てる酸味と甘味のバランス、肉にタレを吸わせる仕込み……全てが職人の技術です。
だからこそ、くにもとのタレに合わせる牛肉は最高でなくてはなりません。昔、私がくにもとにハマり出した頃に提供されていたのは淡路牛がメインでしたが、納得のいく淡路牛の入手が難しくなってしまったことで、近年では他の黒毛和牛が使用されるようになりました。
ところが、ここ最近のくにもとで食べる黒毛和牛は、本当においしいのです。かつての淡路牛時代を超え、今が過去最高の状態といって過言ではありません。この最高の牛肉を生かすのが、くにもとの最高のタレです。私が焼肉に求める究極の姿が、くにもとにあります。
ちなみに本店と新館をご兄弟で運営されていますが、どちらのタレもレシピは同じなのに、食べてみると微妙に味が違うように感じます。また、肉の切り方も職人さんそれぞれにこだわりがあるようで、それぞれの店舗でかなり違いがあります。両店に通って、自分の好みを見つけるのも楽しいでしょう。私は甲乙つけがたく、どちらの店舗にも通いながら違いを楽しんでいます。
20,000円以内で至高のコース料理が味わえる「よろにく」
モミダレで揉み込まれたカルビやロースを一気に七輪で焼いていた時代から、現代の焼肉メニューは飛躍的な進化を遂げました。希少部位が脚光を浴び、今まで鉄板焼きや老舗のすき焼き店でしかお目にかかれなかったような長期肥育の雌牛やブランド牛も、気軽に焼肉店で食べれるようになったのです。日本料理や洋食の技法を取り入れた肉料理も充実しました。
こうして進化した肉の楽しみ方を全て高い次元で融合させ、計算し尽くされたコース料理として完成させたのが、東京・表参道の高級焼肉店「よろにく」です。
主に仕入れている肉は、長期肥育を中心とした月齢30カ月以上の雌の黒毛和牛。時には兵庫県の純但馬血統である神戸ビーフや近江牛なども仕入れるなど、素材への追求心がずば抜けています。主要な仕入れ先は、老舗の仲卸である日山畜産です。
素材の質に頼るのではなく、厳選した素材のポテンシャルを最大限に生かすよう、個体や部位に合わせてカットや味付けを微調整しているところにもこだわりを感じます。
通常のコース料理を注文すれば、前菜やデザート、ご飯の出てくるタイミングや量など、焼肉を最大限に味わうべく計算し尽くされた流れと配分に五感が刺激されます。食後の満足度を、アラカルトで食べる焼肉から2ステップくらい上げてくれるのが、よろにくの「通常コース」なのです。
さらに、この通常コースを進化させた「おまかせコース」は、肉割烹さながらの多彩な肉料理が織り交ぜられた“至高のコース”になります。異なる素材を組み合わせるなど、いろいろな料理法で牛肉を食べさせてくれるお店が増えましたが、よろにくで食べる肉料理は絶品だと感じます。
この「創造性」と「完成度」を体験するために、よろにくへ通ってみてはいかがでしょうか。
日本が世界に誇る、和牛という存在。自分が100歳になっても食べたいと思えるほど価値のある和牛が増えるよう、この素晴らしい宝をより多くの人に知ってもらいたいと日々考えています。そのために、私は今日も和牛を食べたいと思います。
横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。焼肉を中心にステーキやすき焼きといった牛肉料理全般を愛し、さらには和牛そのものの生産過程、加工、熟成まで踏み込んだ研究を続ける肉の求道者。 ブログ“No Meat, No Life."では年間250食にも及ぶ肉食についての詳細な記録を公開中。