総合芸術として舞台の全体を考えることが大事 衣裳デザイナー・堂本教子さんの美学

総合芸術として舞台の全体を考えることが大事 衣裳デザイナー・堂本教子さんの美学

『髑髏城の七人』Season鳥
(C)2017『髑髏城の七人』鳥/TBS・ウィレッチ・劇団☆新感線、【撮影:田中亜紀】

臨場感あふれるエンターテインメント、舞台芸術。映像とは一線を画す生の迫力は、観る者を圧倒します。独創的な世界への没入感を高める上で欠かせない要素といえば、ダンサーや役者が身にまとう「衣裳」。そのデザイナーとして第一線を走り続けているのが、近年、話題を集めている数々の舞台作品に携わってきた、堂本教子さんです。

突飛でありながら、リアル。品格の匂い立つデザインが、表現者たちをも魅了しています。堂本さんがこれまでに関わったジャンルは、ダンスから歌舞伎までさまざま。実は、ひょんなことから衣裳デザインの世界に入ったという堂本さんに、これまでのキャリア、仕事にかける想いについて語ってもらいました。

陶芸から舞台衣裳の世界へ

── 堂本さんは、ダンスや演劇、オペラと、幅広い芸術作品に華を添える衣裳を手掛けていらっしゃいます。そもそも、衣裳デザイナーを志されたきっかけは何だったのでしょうか?

堂本教子さん(以下、堂本) 自然な成り行きで今に至る……というのが正直なところなんです。学生時代は陶芸を学んでいて、将来は造形美術作家になろうと思っていました。

ただ、「モノづくりで生活していければいいな」という願望はありつつも、実際に“アーティスト”として食べていくとなるとなかなか難しくて。自分のやりたいことをやっていきたいという思いがある一方で、きちんと収入が得られる仕事に就かなくてはならない
という現実的な考えも持っていました。

そんな時に、舞踏家で俳優の麿赤兒(まろ あかじ)さんが率いる舞踏集団「大駱駝艦(だいらくだかん)」と出会ったんです。これは私にとって大きな出来事でしたね。動く絵画のように土着的で幻想的な彼の踊りを見たとき、魂を抜かれたような感覚があって。でも、この時は「舞台衣裳を作りたい」というよりも、「舞台芸術に関わっていきたい」という気持ちの方が強かったです。

卒業後は舞台美術の小道具を作る会社で働いていたのですが、作業場にこもるペンキや接着剤などの匂いが合わなくて、辞めてしました。その後、小道具を作っていたときのつてで、舞台の衣裳製作に携わることに。なので、最初から衣裳デザイナーを目指していたわけではありません。

── 衣裳デザイナーとしてのキャリアは、イレギュラーなスタートだったのですね。

堂本
 そうですね。麿さんの作品を手伝うようになり、彼のマニアックな衣裳をずっと手掛けているうちに、舞台衣裳の仕事が広がっていきました。私の場合、洋裁技術は後付けなんです。いまだに上手に作れているわけではないので……。

ただ、私がやっていこうと思っていたのは、あくまでも「衣裳のデザイン」です。動く立体である「人体」の上に衣裳という「形」を作る行程では、陶芸をやっていたときに身につけた「ゼロから立体を作る」という考え方が役立ちました。

── 衣裳を手掛けるようになって、最初はどのような仕事をされていたんでしょうか?

堂本
 舞台芸術の中ではダンスがとても好きなので、長い間ダンスの衣裳デザインをずっと手掛けていました。今でもメインのお仕事になっていますね。特にコンテンポラリーダンスはコレオグラファー(振付師)の創造性が豊かですし、ダンサーの身体の表現力も素晴らしく、デザインを考えるのがとても楽しいです。

実はダンス以外の舞台芸術に対して、最初は食指が動かなかったんです。ですが、ダンスの舞台衣裳家としてある程度評価されるようになってから、文化庁の研修でイスラエルのダンスカンパニーを訪れた際に、意識が変わりました。当時師事していた現地のデザイナーが、ジャンルを超えてさまざまな舞台衣裳を手掛けていたんですね。それを見て、私も頭をやわらかくして、いろいろやってみようと思ったんです。すると、おのずと今までやってきたものとは違うような仕事も入ってくるようになりました。

── さまざまなお仕事に関わる中でも、演劇の衣裳に携わることになったきっかけは何ですか?

堂本
 作・演出家の太田省吾さん(劇団「転形劇場」主宰)とお仕事をさせていただいた時に、大きな影響を受けましたね。太田さんとの作品作りでは、衣裳の動きやすさや身にまとう心地良さが不要で。身体からデザインの着想を得ないという衣裳作りは演者を拘束しかねない怖さがあったのですが、今までの衣裳に対する向き合い方と異なるアプローチがあることを経験させていただきました。徐々に演劇の方もやるようになったのは、それからです。

『髑髏城の七人』Season鳥
(C)2017『髑髏城の七人』鳥/TBS・ヴィレッヂ・劇団☆新感線、【撮影:田中亜紀】


衣裳は「第二の皮膚」という美学 堂本流・衣裳の創り方

── 衣裳は物語やキャラクターのイメージと切っても切り離せないと思いますが、どのように着想を得てデザインされているのでしょうか?

堂本
 デザインの言語は「絵」です。依頼を受けたら、まず作品の演出家や振付家と話し合って、衣裳の色と形を絵に落とし込んでいきます。衣裳作りに私が携わる場合もありますが、私が関わるのは基本的にデザインです。形にしていく行程では、衣裳の製作に長けた人とともに作っていきます。

演劇の場合は脚本があるので、本を読んでイメージを起こしていきます。一方、ダンスは脚本がない場合が多いので、稽古場へ通い、踊っているダンサーの身体や動きを見ながら創りますね。コンセプトだけで創ってしまうと、どうしてもデザインにズレが生じてしまいますから。

例えば、人気マンガを歌舞伎で表現した作品では、舞台そのものに独特の世界観がありましたし、アニメファンが抱くイメージを衣裳で汲み取りたいと思いました。衣裳でどのように歌舞伎らしさを伝えるか、どのように和の雰囲気にしていくかなどをじっくり考えましたね。

── 衣裳を創るに当たって、脚本家や演出家からのオーダーはありますか?

堂本 はじめから「こんなビジュアルにしてほしい」とおっしゃる方もいれば「全てお任せします」という方もいます。私がこれまで手掛けてきた衣裳デザインを知った上で声を掛けてくださる場合は、お互いがイメージしている仕上がりや考え方に大きなズレがないので、のびのびとやらせていただいています。

『髑髏城の七人』Season鳥
(C)2017『髑髏城の七人』鳥/TBS・ヴィレッヂ・劇団☆新感線、【撮影:田中亜紀】



私から提案する場合は、私の妄想を相手の妄想にぶつけるような感じで「こういうのがいいんじゃない?」と伝えていますね。最終的な形は、お互いのイメージを少しずつ詰めながら決めています。衣裳は皮膚の次にまとう「第二の皮膚」なので、造形美だけではなく、裏地などの細部に至るまで気を配ることが大事です。それも踏まえた上で、具体的な衣裳に仕上げていきます。

── 衣裳デザインの依頼は、本番から逆算してどれくらい前にお声掛けされるのでしょうか?

堂本 作品によってまちまちですね。だいたい半年〜1年くらい前に打診されることが多いかもしれません。

長年担当させていただいている演出家さんがいるのですが、その方は依頼がとても早くて、本番の3年くらい前から「空けておいてね」とおっしゃることもあります。

── そんなに前からお声が掛かることもあるんですね。長年担当されている演出家やコレオグラファーの方もいらっしゃるようですが、依頼はどのようなルートでくるのでしょうか?

堂本 お付き合いが長く、もう何十年もやらせていただいている劇団もあるのですが、私が衣裳を担当した舞台を観た方たちから依頼いただくというパターンがほとんどですね。

── 依頼をされる方たちは、堂本さんの衣裳のどういうところに魅力を感じられていると思われますか?

堂本 自分でははっきりと分からないのですが、素材感や色彩にこだわる方から評価していただいているな、とは思います。

あとは、着る人の身体に寄り添うように衣裳を創っているので、そこも気に入っていただけているのかなと。舞台は共同作業ですから、衣裳だけが目立ってもダメだし、そのバランスは経験がものをいうところかもしれません。

『髑髏城の七人』Season鳥
(C)2017『髑髏城の七人』鳥/TBS・ヴィレッヂ・劇団☆新感線、【撮影:田中亜紀】



『髑髏城の七人』Season鳥
(C)2017『髑髏城の七人』鳥/TBS・ヴィレッヂ・劇団☆新感線、【撮影:田中亜紀】



── 堂本さんらしさが滲み出ているのは、どのようなこだわりに表れているでしょうか?

堂本 私は衣裳を生地から作ります。普通の生地を一旦バラしてから作ることもあります。例えば、古着を裏返してパッチワークにしたり、わざと漂白剤で色を落とした古着のジーンズ生地を使ったり。生地にディテールを加えて、衣裳を熟成させていくのが得意かもしれないですね。

衣裳は“内面を着る”とも言われているのですが、例えばダンスの場合は、内に秘めた精神世界を衣裳で表現するというイメージです。こうした衣裳を手掛けていたこともあってか、私は「衣裳の裏側」がすごく好きなんですよね。

なので、動くときにひるがえって見える裏地は凝って作っています。衣裳の裏側がチラッと見えて、視覚に瞬時でも触れることで、ぞくっとするんです。こういった「微かに見える部分」はこだわっています。

── これまで手掛けられた衣裳デザインで、特に印象的だったものを教えていただきたいです。

堂本 ひとつひとつに思い入れがありますが、近年では歌舞伎ですね。これまで手掛けてきた作品とは全く違う製作現場の世界だったので、印象に残っています。

『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』


『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』


歌舞伎役者さんがメインキャストだったのですが、男性を女性に見立てるというところが面白くて、すごく難しい部分でもありました。

好きな仕事を長く続けるために

── 堂本さんはとても仕事を楽しんでいらっしゃいますよね。ただ、アーティスティックな仕事に携わっていると、予算などは後回しになってしまう……なんてことはありませんか?

堂本 衣裳デザインは、基本的に、舞台全体の構成を意識することが大切だと思っています。予算をオーバーするほど凝り過ぎてしまうと、舞台全体のバランスが崩れてしまって、かえって良くないんですよね。

ですから、デザインの段階では予算を尊重して創り始めます。限られた予算の中できちんと衣裳を構築していくことが、舞台という総合芸術でやっていくべきプロの仕事だと思っているので。

ただ、製作を進めていく上で「ここに刺繍を入れると良くなりそう」とか、絶対的に必要だと思う部分については「ここで費用を抑えると良いものにならない」としっかり制作側に主張します。それは、衣裳デザイナーとしての責任ですね。

『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』


── 一般的に、舞台芸術を仕事として成り立たせるのは難しそうだと感じてしまいがちです。この点について、堂本さんはどのように思われますか?

堂本 舞台の世界では、継続していくことで評価が上がり、仕事として成り立つとも思っています。私自身もそうでしたし、デザイナーとしての資質を磨き上げていけば、きちんと舞台衣裳家として評価されるというのも実感しています。

『歌舞伎NEXT 阿弖流為〈アテルイ〉』


なので、私にとって大切なのは「自分自身がこの仕事を楽しめるかどうか、ワクワクできるかどうか」ですね。頭を柔らかくしていろいろな作品に携わり、ワクワクしながら頑張ってきたからこそ、ここまで続けることができたと思っているので。

仕事をいただくときは「自分がこの現場で何かを表現したいと思っているかどうか、自分がこの仕事をやりたいと思っているかどうか」で決めています。

── これから挑戦してみたい仕事はありますか?

堂本 先程も話したように、自分が楽しめるものであれば何でもやりたいとは思っています。結局、楽しめる仕事じゃないと長く続けられないですから。

そういう意味では、最近よくやらせていただくオペラや歌舞伎のお仕事はとても楽しくて、刺激的です。西洋・東洋の違いはあるもののどちらも伝統があるので、衣裳の着付け一つとっても勉強になります。

舞台衣裳を手掛けるようになって長いですが、これからも経験にあぐらをかかず、常に新しいことを吸収しながら楽しんでやっていきたいと思っています。
取材・文/末吉陽子(やじろべえ)

お話を聞いた方:堂本教子さん

コンテンポラリーダンス、舞踏、演劇、オペラなどの美術・衣裳デザイン製作を手掛ける。2016年まで京都芸術大学舞台芸術学科の非常勤講師を務めていた。
1999年 伊藤熹朔賞奨励賞受賞
2000年 イスラエル バットシェバダンスカンパニーに文化庁派遣芸術家在外研修
2010年 第36回橘秋子賞舞台クリエイティブ賞受賞
主な作品は、ニッセイオペラ『ドン・ジョヴァンニ』、『NHKニューイヤーオペラ 2012』『NHKニューイヤーオペラ 2013』、歌舞伎NEXT『阿弖流為〈アテルイ〉』、劇団☆新感線『髑髏城の七人』 Season鳥、『氷艶 HYOEN 2017 破沙羅』など

関連記事