キャッシュレス・消費者還元事業と「7月の壁」
2020年6月末で終了すると言われている、キャッシュレス・消費者還元事業。
キャッシュレス決済を利用している方や、店舗に導入している加盟店の方は、2020年7月以降、キャッシュレス決済はどうなっていくのか気になっているかと思います。
そこで今回は「今後の日本のキャッシュレス」について消費生活ジャーナリストの岩田 昭男さんに語っていただきました。
月刊誌記者などを経て独立。流通、情報通信、金融分野を中心に活動するが、メインはクレジットカード&デビットカード、電子マネーなど。とくにSuicaは2001年のサービス・スタート以来の愛好者で、通勤から買い物まで活用している。年に4回ほどクレジット&電子マネーのムックを出版しており、最新情報にも詳しい。2020年東京オリンピックを目指して始まったキャッシュレス促進の利用者側に立ったオピニオンリーダー。
ポイント制度でキャッシュレス化をすすめる日本
世界を覆うキャッシュレスの波を国ごとに分析して見ると、面白いことが分かる。
フィンテックなどの新しい技術を使って利用者にキャッシュレスをアピールしていく国と、ポイントやクーポンなどのおまけをぶら下げてキャッシュレス化を迫る国のニつのパターンがあることだ。
新しい技術で普及を目指すのは北欧など先進諸国に多いが、この方法で普及を図ろうとすると地道な努力が必要になる。だから、時間がかかる。一方、ポイントやクーポンによる射幸心を煽る方法は短期的には大きな成果を上げることがある。
だから、つい安易なポイント提供で、効果を得ようと考えがちになる。しかし気をつけたいのは、射幸心につられて使う人たちは熱しやすく冷めやすいので長続きはしない。そのためなかなかキャッシュレスが根付かない。世界的に見ると、ポイントや宝くじは極めて少数派で、ほとんどはフィンテックなどの新しい技術を使って促進を図っている。
しかし、日本や韓国はポイントやクーポンでキャッシュレスを促進しようとしている。
韓国は90年代経済危機に陥った時にIMFから経済のキャッシュレス化を強く求められたため宝くじの実施や税金の控除によって非現金化を進めた。そして現在は90%を超える高いキャッシュレス比率を誇っている。日本も韓国を真似て、ポイントというおまけで強引にキャッシュレス化を促進しようとしている。
ただ、日本はポイント愛好家が多いのでうまくフィットするのではないかと思われている。
ポイント主体でも日本は健闘している
今回のポイント還元事業を見る限り日本はかなり健闘している。ほとんどの人がいちどはキャッシュレス決済を試みようとしており、関心は高い。
これには東アジア特有の勤勉な国民性、ポイント好きな国民性、計算に強い国民性と言うバックグランドがあるからだろう。そういう意味では韓国、日本、中国では、他の地域と違ってポイントや宝くじが効果的と言うケースになるかもしれない。
しかし、ポイント還元ではもう一つ大きな問題がある。それは事業者の資金力がどこまで続くかという点である。
ソフトバンク、Yahoo!がバックにいる PayPayは100億円キャンペーンを難なくこなしたがそれを真似たLINEは300億円キャンペーンを打ったものの、たちまち挫折して、結局ソフトバンクの軍門に下った。こうしたある意味無駄な投資が必要と言うのもQRコード決済の特徴と言える。
ある調査によるといまだに7割が現金を使って買い物をしており3割がキャッシュレス決済を始めたと言われている。都市部ではキャッシュレス比率はもっと高いと思えるが、地方では相変わらず現金の比率が高くなるだろうと言う事は予想できる。
ただ3割が使うようになったということは今まで2割弱だったのだから、このキャンペーンで10%は増えたので歓迎すべきかもしれない。
日本では電子マネーの普及が進んでいる
日本人はキャッシュレス決済のなかでも、電子マネーを多くの人が使っている。特にSuicaは一度使うと0.2秒と言う決済速度の速さに手放せなくなってしまう。
そのためにたとえポイントがつかなくても継続して使っている。この辺は、店舗側の事情とはちょっと違うと思う。政府が手数料の援助してくれる限り、続けようと思っているが、それがなくなると、儲けがなくなると言ってキャッシュレス決済をやめたがる店舗もあります。
一切儲けが出なくなって倒産しては元も子もないのでその判断は正解なのだが、利用者はいちど0.2秒の速さで、決済ができると言う体験を味わうと現金払いに戻るのは難しいのではないだろうか。
キャッシュレス・消費者還元事業は6月末におわってしまう?
キャンペーンやキャッシュレス・消費者還元事業によって順調にキャッシュレス比率を高めている日本だが、キャッシュレス・消費者還元事業の期間を延長するか、このまま終わるかは、基本的には予算との関係でしょう。
キャンペーンの期間は9カ月間である。できるだけ予算を長持ちさせて途中で終わるところは見せたくないというのが政府の考え。
そのためだろうかどうもポイント還元の対象店をあまり増やしたくなさそうである。中小の店は全国に200万店あるのだからその全てが利用できるようにすれば良い、それにはQRコードのセットを対象店にただでばらまけば良いのだが、政府は結局そうした事はやらなかった。
彼らが配ったのがクレジットカードと電子マネーの端末だった。この辺が中途半端な施策に思えてしまう。現在ポイント還元事業への申請は90万店ほどだが、対象店は70万店ほどである。つまり政府からすると期間中に100万店も行けば上々との考えのようだ(200万店いかないとキャッシュレス比率はあがらないのに)。
後はオリンピックとの関係である。オリンピックが始まるのが7月の初旬である。その時期になると外国人が増えてカードを使うようになる。そのカードはポイント還元対象外だから意味がない。
また外国人にポイントを付与しても始まらないと言うこともあって、7月になる前にキャンペーンを終了にしたのではないかと思う。日本人としてもオリンピックが始まる前に一度閉めたほうがけじめがつくと言う考え方もある。
ただ、今も期間を延長してオリンピック中も続けようと言う話もあり、予算も追加されたようである。政府とするとマイナポイントを9月に繰り上げて実施すると言うから、オリンピックいっぱいポイント還元をやって、その勢いで本命とするマイナポイントに引き継がせようと言う狙いなのかもしれない。
マイナポイントは25%という高還元で魅力的だが、その中身がよくわからないので、うまくいくかどうかはわからない。
日本は「7月の壁」を乗り越えられるのか
6月30日からは政府の援助がなくなる予定なので、援助もないのに続けていても仕方ないと言う気持ちがある加盟店があります。
また、キャッシュレス決済による政府からのポイント還元制度もなくなるため、ユーザーがこのままキャッシュレス決済を使い続けるのか、加盟店も不安でしょう。
その一方で、若い経営者の店では積極的にキャッシュレス化を進めています。電子マネー、QRコード決済を取り入れ必死でキャッシュレス決済の波に乗ろうとしています。この二極化にどう対応するかも課題になっています。
これを「7月の壁」といいます。
2019年10月以降、キャッシュレスの手数料を低率で利用できるようになりました。個人商店では3%から7%も取られる手数料ですが、 10月から来年6月30日までは2.17%と言う低率で提供されますから関心のある小売店がキャッシュレス化を進めました。
この低利率のキャンペーンは経済産業省とカード会社の取り決めで実現したものですが、その時に同時に7月以降は利率をもとに戻すと言う約束があったといわれます。
つまり7月からは元の3%〜7%に返すと経済産業省は約束させられたのです。したがって7月からの手数料率の引き上げは確実にあると思っておいた方が良いでしょう。
しかしこうなると中小店にとっては地獄です。せっかく還元事業に乗ってカード事業を始めたのに、そしてやっと固定客の取り込みに成功して順調な流れになろうとしているのに3%から7%の手数料を払ってしまえば儲けはなくなりますから、とても継続はできません。
それがわかっているから中小店では、若者も高齢者もいずれも「7月の壁」を前にして、キャッシュレスを続けるべきか、止めるべきか、迷っているのです。
キャッシュレス・消費者還元事業の今後の動向
キャッシュレス決済が今後さらに普及していくのでしょうか。
ポイント還元事業が半年位は延長になる可能性もあるのでそちらも楽しみです。
ただ問題は意欲があって今後もキャッシュレスで頑張ろうと考えている優良な店主たちがいるわけです。そうした店を政府は目をかけて育てていくべきと思います。例えば個別に1年間の手数料を低率で据え置くといったきめ細かな施策を考えて欲しいものです。