お金を稼ぐより、楽しい仕事をするよりも「なんもしたくない」──レンタルなんもしない人が語るお金の話

お金を稼ぐより、楽しい仕事をするよりも「なんもしたくない」──レンタルなんもしない人が語るお金の話

2018年6月、Twitterで突如「なんもしない」サービスの提供を始め、一躍有名人となったレンタルなんもしない人(@morimotoshoji)さん。利用にあたっての条件は、 “1人分の人間の存在だけが必要なシーン”限定とし、料金は基本的に“国分寺駅からの交通費と飲食代”のみ。TwitterのDMから依頼内容を相談し、内容に承諾してもらえれば、誰でもレンタルなんもしない人さん個人をレンタルすることができます。

話し相手になってほしい、野球観戦に付き合ってほしい、試験の合格発表を一緒に見守ってほしい……などレンタルの内容は多岐にわたり、依頼内容とその感想を淡々と記すツイートも人気です。

レンタルなんもしない人さんは、2019年4月現在、他に仕事をしておらず、なんもしない活動1本で生活しているそう。妻子との3人暮らしですが、「世帯収入はほぼない」と言います。

そんなレンタルなんもしない人さんは“お金”というモノをどう捉え、そもそもどうやって生活しているのか。貯金が尽きたときはどうするか──? 気になるお話を伺い、淡々と答えていただきました。

レンタルなんもしない人さんの画像

「なんもしたくない」という気持ちに忠実になってみた

──レンタルさんはそもそも、「レンタルなんもしない人」というサービスをどのようなきっかけで思いついたんですか?

レンタルなんもしない人さん(以下、レンタル):直接的なきっかけを挙げるなら、プロ奢ラレヤーさん(※「奢られる」を生業にし、奢りたい人をTwitterで集め奢られて生活する人[@taichinakaj])ですね。

2018年5月、プロ奢ラレヤーさんが出演していたAbemaTVの番組をたまたま見ていて、「現代は、みんながお金を欲しがり、お金を媒介とする活動の競争も激化している時代。だからこそ、逆にお金を媒介としない活動に目を向けると楽に生きられるのではないか」というような話をしていたんです。その考え方は面白いな、僕も真似しようと思って。

「なんもしない」という形になったのはたぶん、これまでの人生の中で人に言われたこととか、嫌だったこととか、自分の性質とか、そういうもの全部が影響しているんじゃないかなと思います。

──それは、「なんもしない」ことがレンタルさんにもともと向いていた、ということでしょうか。

レンタル:そうですね、向いていたと思います。僕、「何かしたい」って思うことがあんまりないんです。例えば「ジャンプで連載してるあの漫画、早く続き読みたいな」とか思うことはあるんですけど、仕事でこうしたい、いつか何かをやり遂げたい、みたいな願望はなくて。何も考えずに、自分の内側から湧いてくる「なんもしたくない」という気持ちに忠実に動いたら面白そうだなと、ウズウズしながら始めました。

──現在は「レンタルなんもしない人」の活動1本で、他に仕事はされていないんですよね。「なんもしない人」を始めるまでは、会社員として働かれていたんですか?

レンタル:会社員として3年間勤務したあと、会社を辞めてしばらくはフラフラしていたんですが、結局心配になってもう一度就職したんです。でもそこも1年で辞めてしまったので、「組織で働くのはもう諦めよう」と思って。去年まではフリーランスでライターをしていました。

──現在は、ライターのお仕事は受けていないんですね。

レンタル:なんもしない人を始めたばかりの頃はまだポツポツと依頼が来ていたんですが、全部の依頼に「最近、レンタルなんもしない人というのをやっているので受けられません、すみません」と返信していたら、最終的にこれ1本になりました。

レンタルなんもしない人さんの画像2

「ロボット研究の参考にさせてほしい」「自分が出廷する裁判の傍聴をしてほしい」

──いま、レンタルさんをレンタルしたい、という依頼は1日にどのくらい寄せられているんですか?

レンタル:だいたい1日に10件から20件くらいの依頼が来ます。その中から直感で受ける依頼を選び、日程調整をして、1日に3~4人くらいの依頼者に会っています。

──これまでの依頼の中で、印象的だったものってありますか?

レンタル:たくさんあり過ぎて自分だと選べないですね……。逆に、Twitterとか見ていて何か気になる依頼ってありましたか?

──少し前に、大学で「何もしないロボット」の研究をされている方から、「レンタルさんを研究の参考にしたいので話してみたい」という依頼がありましたよね。

レンタル:ありましたね。「何もしないけれど、いるだけで癒やしの効果をもたらしてくれるロボット」の開発を目指して研究をされている方だったんですが、どういうふうにすればその目的が果たせるのか、全然分からなかったらしくて。僕と話せば何か分かるかも、と思っていたみたいなんですが、結果的に「何も分からなかったけど楽しかった」と言っていました。その方いわく、なんでも「何もしない」存在って「ロシアの神様」に近い存在なんだそうです。

──(笑)。それから「自分が被告として出廷しなければいけない裁判の日に、傍聴席にいてほしい」という依頼も個人的には記憶に残っています。

レンタル:依頼者が以前勤めていた会社でセクハラを受け、社内メールでセクハラについて一斉送信で告発したところ、「名誉毀損だ」という理由でセクハラの加害者に訴えられてしまったという裁判ですね。

依頼者としては、自分は悪いことを一切していないのに、ある日突然被告になってしまったと。被告として裁判に出廷するってすごく気を張るらしく、「裁判が終わってひと息つくときに誰もいなかったらしんどいので、そのときの話し相手としてレンタルしたい」という依頼でした。

──実際に裁判が終わったあとは、依頼者の方とどんな話をされたんですか?

レンタル:裁判とは全然関係のない話ばかりしていましたね。「これまでに裁判の依頼ってありましたか?」って聞かれたので「いや、ないです」と答えたら「よし!」って言っていました。

もちろん、簡単には言語化できないようなモヤモヤが混ざった依頼だっただろうなと思うんですけど、自分が誰よりも先に“裁判系”の依頼をしたい、みたいな好奇心もあったのかなと思います。ちなみにその後、裁判系の依頼は原告側の人からも1件ありましたね。

──Twitterを見ていても、本当にさまざまな依頼があって毎回驚いてしまいます。以前、人前で食事をとることに恐怖感があるという「会食恐怖症」の方からの依頼についてツイートをされていましたよね。

レンタル:そうですね。依頼を受けるまではそういった病気があることを僕も知らなかったですし、そのことについてツイートをしたら「私も会食恐怖症です」というリプライがたくさん来たんです。その様子を依頼者の人も見たそうで、「少し気が楽になった」と言っていました。

──レンタルさんは、そういった「世の中にまだあまり知られていないこと」を広めるという社会的な意義を持って、依頼を受けたりツイートすることもあるんでしょうか。

レンタル:そういった結果が生まれることは、ある程度自覚しているんですが、自分からそれを狙いにいくことはないですね。世のため人のために、というスタンスでやるより、単に自分が面白いと思ったら、その通りにツイートしたり、行動したりした方がいいんだろうなと思っています。

レンタルなんもしない人さんの画像3

活動を続けるモチベーションと収入

──では、レンタルさんが「なんもしない」活動を続けているモチベーションは、依頼者に会って話を聞くのが楽しいからですか?

レンタル:それが大きいですね。いまのところ、楽しいし面白いしラクだから、やめる理由がないんですよね。楽しい限りは続けた方がいいんじゃないかなと思います。飽きたらやめるかもしれないですけど、将来のことを考えると怖いし、ストレスになるので考えないようにしています。

──なるほど。ただ、やはり「なんもしない活動」1本での生活は、会社員やフリーランスで勤務していたときよりも収入は少なくなっているのかな、と思うのですが……。

レンタル:そうですね。妻もイラストレーターとして活動してはいるのですが、最近はあまり仕事を受けていないので、世帯収入はほぼないです。依頼者から「気持ちなので」とお金をもらったり、交通費と言われて多めに出されたりすることはありますが、基本的には貯金を切り崩しながら生活しています。

──その貯金が尽きてきたら、例えば、依頼の受け方を料金制にするなど、サービスの形を変更する可能性はありますか?

レンタル:そのときの気分に従っているので、正直何とも言えないです。そもそも、この活動を無料で始めたのには理由があって。仮に有料で始めたとして全く依頼が来なかった場合、その原因が料金にあるのか、サービス自体の需要がないのか、どちらなのかをはっきりさせたいからなんです。

いまはこれだけ依頼が来ている状態なので、先のことはちょっと分からないですね。ただ、僕は「お金を稼ぎたい」とか「楽しい仕事をしたい」よりも「なんもしたくない」という欲求が強いのですが、将来的に「なんもしない」ことでしんどい思いをしないためには、ある程度のお金が必要になるだろうな、という想像はしています。

──そのお金をどうやって稼ぐのか、に関して何かイメージしていることはありますか?

レンタル: いまの活動は、そのうち利益を生むようになるかもしれない、とは思っています。サービスが収益を生み出すタイミングは定期的に何度かやってくると思うんですが、僕の場合はものすごく後ろの方にあるだけなんだろうなと。『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)という、僕のこれまでの活動をまとめた本が2019年4月に発売されるんですけど、これもその「タイミング」なのかなと。

レンタルなんもしない人さんの画像4

メインコンテンツは自分ではなく、「依頼」と「依頼者」

──ちなみに、「今後こういう依頼が来たら面白いな」と想像をされることってありますか?

レンタル:それもあんまり考えないようにしてるんですが、「多額の遺産があるけど誰も相続できないから君に相続させてほしい」とかZOZOの前澤社長から「月に一緒に行ってほしい」とか、冗談みたいな依頼が本当に来たらいいなって想像することはたまにあります。でも、たぶんもっと想定外の依頼が来ると思いますし、その方が面白そうですよね。

──レンタルさんのところに予測のつかないさまざまな依頼が集まるのって、ラジオ番組とそこに送られてくるネタハガキのようだなと感じます。

レンタル:そうですね。大喜利みたい、って言われることもあります。僕が「あなたはレンタルなんもしない人をどういうふうに利用しますか」というお題を提供している側で、みんながそれに答えてくれる、という。レンタルなんもしない人のメインコンテンツってあくまで送られてくる依頼と依頼者の人なので、僕はただ「笑点」の司会の春風亭昇太さん役をしてるだけなんですよ。

──これからも、驚くような依頼が来るのを楽しみに活動を見守っています。

レンタル:なんもしていないので、僕の立場としては、僕のツイートを見ている人たちと全く一緒なんです。自分にこれからどんな面白いことが起こっていくのか、僕自身すごく楽しみです。

レンタルなんもしない人さんの画像5

本名、森本祥司。2019年4月現在でTwitterフォロワー数は10万人を超え、業務の報告ツイートが人気を集めている。

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文・取材:生湯葉シホ
カメラ:小野奈那子
編集:はてな編集部