悪意に負けない、強い文化を 「マシュマロ」が匿名と安全の両立を目指す理由
皆さんは、マシュマロを知っていますか?
食べ物のマシュマロではなく、Webサービスの「マシュマロ」についてです。
マシュマロ
内容を一言で表すとすれば、匿名でメッセージを募集しつつ、AIでネガティブなメッセージを除外するサービスです。つまり「匿名」と「安全」という、現代のインターネットでは相容れないような要素を両立させているのです。
しかしマシュマロは、誕生から1年たった今でも、試行錯誤を重ねながら運営しています。
僕は、マシュマロの運営会社であるDiver Down LLC.でCEOをしている、だーすーと申します。
2012年からWebサービスを開発している弊社では、受託開発も資金調達もせずに「食っていけるまで新規サービスを作り続ける」というシンプルなスタイルを採用していました。いえ、シンプルなスタイルはちょっと格好付け過ぎました。猪突猛進なだけなので「野蛮なスタイル」と言った方が適切でしょう。実際、数にすると今までに30近い自社サービスをリリースしてきました。
その中でも最大のヒット作になったのは、2013年に開発した「アプリ☆メーカー」。ユーザーがツイートを解析するアプリやクイズなどを自由に作成でき、それをTwitterに共有することでフォロワーと楽しんでもらうというWebサービスです。リリースして以降、断続的にTwitterトレンドに載り続けています。
おすすめアプリ - アプリ☆メーカー
そんな弊社ですが、実は新規サービスを1年以上作っておらず、野蛮なスタイルはすっかりと鳴りを潜めています。なぜなら、最後に作ったサービスの改善がいまだに続いているからです。
そのサービスこそが、マシュマロです。
匿名と安全は両立できない……本当にそうだろうか? マシュマロ誕生の背景
マシュマロの開発に取り掛かる少し前、匿名で質問を送れる「Sarahah(サラハ)」という中東発のアプリが話題になっていました。こうした匿名サービスというのは流行しやすく、数年おきに注目が集まります。Sarahahもその一つでした。
盛り上がった匿名サービスはその後どうなるかというと、大抵は酷いものでした。注目されるのは良いことですが、ユーザー層が拡大することで悪意のある投稿がはびこり、サービス内で築かれた文化は壊され、だんだんと利用者が減っていくのです。Sarahahがはやり始めたときも、同じことが繰り返されるのだなと思いました。
悪意のある投稿が、また増えてしまうのだろうか。せっかく築かれた文化は、また破壊されてしまうのだろうか。こうした流れをどうすることもできないという悲しみが、胸にしんしんと積もっていくのを感じました。
しかし、ある時ふと思いました。それは、本当か?
どうすることもできないなんて、間違いじゃないのか? そんな疑問が頭をよぎり、思考を巡らせました。
もし、匿名だけど悪意の含まれた投稿がない状態を作ったらどうなる? ユーザー体験が劇的に変わるかも? でもどうやって悪意を含んだ投稿を除外する? 大量のメッセージ内容を事前に解析して瞬時に判定? そんなことが可能なのは……AIだ!
ただの匿名サービスではなく、“匿名だけど安全”なサービスを作り、それを広めることができれば、匿名であることで生まれがちな“闇”をこの手で払えるかもしれない。そんな期待を胸に抱き、僕は仕様をまとめ始めたのです。
最初に悩んだサービス名とドメイン 「マシュマロ」に決めた理由は
いざ仕様をまとめだすと、最初に悩むのはサービス名とドメインです。サービスの機能よりも先に悩むのは馬鹿らしく思えるかもしれませんが、サービスのコンセプトをどう内外に示すかというのを決める作業になるので、非常に重要です。
サービス名はご存じの通り「マシュマロ」に落ち着きました。これはネットスラングである「マサカリを投げる」という表現に由来しています。
「マサカリを投げる」とは、主に技術的な記事に対して、書いた人が深く傷つくような激しさでミスを指摘するという意味です。そのマサカリとは逆に、投げつけられても怪我をしないものを……と考え、選んだのが「マシュマロ」でした。
次にドメインです。「1単語+.com」というドメインは人気なので、そう簡単に取れるものではありません。当初想定していた「marshmallow.com」はすでに取得されていたため、使用できませんでした。
次の候補に考えたのは「marshmallow.fun」です。マシュマロというサービスを使ってユーザーにどう感じてほしいのかを端的に示せるので、サービスのメッセージ性も含まれる「.fun」は最適だと思いました。
しかし、想定していた主な使い方は、ネット上のクリエイターが自分のページのURLをさまざまなサービスに掲載し、メッセージを募集するといったものでした。その場合、あまりメジャーではない「.fun」だと、ユーザーが掲載するサービスによってはURLが自動でリンクされない可能性が考えられたのです。
よって、最もメジャーな「.com」を採用しつつ、質問と回答のやり取りが多くなされることを想定して「-qa」を加え、最終的にドメイン名は「marshmallow-qa.com」に決まりました。
大きなサービスにするためには、とにかく小さく作るべし
仕様は、およそ3日でまとまりました。このうち、大半はサービス名とドメインで悩んでいたので、機能面を考えた時間は1日程度だったと思います。それほど短時間でまとめることができた要因として、2つ考えられます。
まず1つ目は、Sarahahという先行のサービスがあったこと。細かく見ればマシュマロと違う点は多いですが、Sarahahがあったことでサービスの枠組みを描きやすかったというのは大きいです。
2つ目は、仕様がシンプルだったことです。いくつもの新規サービスを作ってきたので身に染みているのですが、サービスをリリースした後にさまざまな課題が見つかり、大量の仕様変更を重ねた結果、リリース時とはまるで別のサービスになっているということも少なくありません。そのため、リリース時の機能は少ない方がその後の仕様変更に対応しやすく、より良いサービスに育てやすいと感じています。
このことから、最初はコアな機能のみ実装することにして、それ以外の機能について考えるのは放棄しました。企画段階ではワクワクしてしまうので、やたらと枝葉末節の機能を考えてしまいがちですが、サービス開発においてはこういった割り切りも必要です。より不完全な形でより早くリリースできることこそ、完全なリリースだと思っています。
サービスを始めるにはAIが必要……でもデータがないとAIは作れない!
前述通り、マシュマロのフィルタリング機能にはAIを使おうと考えていました。しかし、ここで大きな問題が浮かび上がってきます。
ここで言うAIは、機械学習を用いたプログラムのことです。マシュマロに取り入れる場合、まずはAIに学習させるための「教師データ」と呼ばれる見本データが大量に必要となります。
そして、より精度の高いAIにするには、サービス上で実際に送られたメッセージである方が好ましいです。また、メッセージがどれくらいネガティブな内容なのかは人によって判定基準が変わりがちなので、運営者のように明確な基準を持った人間が判定したものを教師データとすることで、さらに精度が上がります。
ですが、まだサービスが始まっていない段階では、サービス上で送られたメッセージもなければ、それを運営者が判定した前例もありません。データがないので、まともにAIが作れないという問題が立ちはだかったのです。
そこでやむなく、サービス開始の際は「AIのみに判定を任せる」というのを諦めました。全メッセージを、運営者が目で見て判定することにしたのです。ユーザーにも人力で判定していることを伝え、AIはサービス開始と同時並行で“成長”させるようにして、徐々にAIが判定する割合を増やす方針にしました。
この決断を下した理由は、もしサービスがヒットしなければ、送られるメッセージも少ないので、運営の手で判定するのも難しくないと考えたからです。
サービスがヒットすれば運営側としてはメッセージの確認作業で忙しくなりますが、「運営の人間が基準を持って判定した」という質の良い教師データが大量に集まります。そうすれば、すぐにAIは実用的なレベルに育ち、AIが判定する割合も一気に高められます。
いよいよリリース……だけど、ユーザーが全然来ない!
2019年2月現在もそうなのですが、弊社のスタッフは3人しかいません。ですが、新規サービスを作るのに慣れていたのと、シンプルな仕様だったこともあり、開発を始めてから2日程度でサービスは完成しました。そして2017年11月下旬、とうとうマシュマロがリリースされたのです。
しかし、広告等のプロモーションは一切していないので、当然ながら最初はユーザーが集まりません。そこで、先述のアプリ☆メーカーに、マシュマロへの誘導リンクを設置することにしました。
アプリ☆メーカーには、継続してユーザーからのアクセスがあります。ページ内の目立つ場所にリンクを設置してみたところ、多くはないものの、マシュマロにも継続してユーザーがアクセスしてくれるようになりました。
ユーザーが優し過ぎて“悪意”のAIデータが集まらない
リリース当初は、アプリ☆メーカーからアクセスしてくれる少量のユーザーしか利用者がいなかったので、メッセージも運営の人間が処理できる程度の量しかありませんでした。
このまま地道に質の良いデータを集めていけば……と思いきや、重大な問題が発覚しました。なんと、AIに学習させたかった「悪意のある投稿」をするユーザーがなかなか現れないのです。
理由は2つ考えられました。1つ目は、ユーザーのネットリテラシーです。こういった新規サービスに飛びつく人はネットリテラシーが高く、悪質な行動をする人の割合が低いことが通例ですが、僕は性悪説で考え過ぎていました。無名のサービスを使ってくれるユーザーは、想像以上に優しかったのです。
2つ目は、デザインです。マシュマロは「安全な場所」がコンセプトだったため、ポップで暖かみのあるデザインを意識して設計しました。そのため、人を傷つける直接的な表現や、罵詈雑言を投稿しづらくなるような心理的効果があったと思われます。建物の窓が割れているのを放置しているとどんどん治安が悪くなるという「割れ窓理論」に近いものかもしれません。
悪意のある投稿が集まらないので、弊社の公式Twitterアカウントと連携したマシュマロを通じて、Twitterユーザーに向けて罵詈雑言を募集するという、ちょっと変わったお願いをしてみました。
すると、このお願いの内容が響いたのか、ほぼ無名のサービスにしては多くのユーザーに拡散され、悪意のある投稿のデータだけでなく、多くの新規ユーザーが集まりました。
その後も順調にデータを蓄積していくことができ、2018年春ごろには、ほぼ100%のメッセージをAIのみに判定させられるようになったのです。
リリース後は、匿名サービスの課題である「ユーザー数の維持」に挑む
いろいろな思いを込めて生み出したマシュマロでしたが、リリース時はすでに月末だったということもあり、最初の月間訪問ユーザー数はたったの1,847人でした。最初はこの程度が妥当だと頭では理解していたものの、非常に地味な滑り出しだったので、「もしかしたら需要がなかったのかもしれない」と不安になりました。
しかし1カ月後の2017年12月、突然マシュマロがTwitterトレンドに掲載されたのです。きっかけは、女性向け二次創作のクリエイターの間でマシュマロが共有され、一気に広まったことでした。マシュマロのコンセプトが受け入れられて安心したものの、まだこの時は運営が人力でメッセージを判定する割合の方が多く、捌き切るのにかなり時間がかかったのを記憶しています。
この日はとても多くのユーザーが訪問してくれましたが、トレンド効果は数日しか続かず、12月全体で見れば大したヒットではありませんでした。それでもさすがに11月よりはユーザーが増え、月間訪問ユーザー数は約15万人まで増加しました。
その後も爆発的なヒットは特に起こりませんでした。ですが、毎月じわじわと伸び続け、リリースから半年後の2018年5月には、月間訪問ユーザー数が約105万人まで増えました。そして、リリースから1年後の2018年11月には約156万人を達成したのです。
リリースしてからの1年間、月間訪問ユーザー数が減ったことは一度もありませんでした。月間訪問ユーザー数は、1年間で約800倍に。Twitterトレンド入りした2017年12月と比較しても、約10倍です。
特に大ヒットするきっかけがなくても訪問ユーザー数がじわじわと伸び続けたのは、ただの偶然ではありません。
僕はこれまでにも数多の匿名サービスを見てきましたが、そのどれもが致命的な欠点を持っていました。それは「匿名サービスはユーザーに継続して使われることが滅多にない」ということ。よって、流行に陰りが見えると、ユーザー数はまたたく間に減ってしまうのです。
マシュマロも匿名サービスである以上、この課題を放置しておけばユーザー数が減少していくというのが目に見えていました。そこで、新規ユーザー獲得のための改善は一切行わず、徹底して既存ユーザーの継続に効きそうな改善を進めることにしました。
以下は、実際に実装した機能のごく一部です。ユーザーの使い勝手に関わるものばかりを実装しました。
- 通知機能の強化
- お気に入り機能
- メッセージ受け付けのON・OFF機能
- AIのフィルタリング強度設定
- ブロック機能
- ミュートワード機能
- メッセージをもらっていない人でも回答できる「みんな宛」メッセージ
また、仕様変更とは少し異なるのですが、「質問やメッセージ」と表現していた匿名のメッセージ投稿の表記を、「メッセージ」に統一しました。理由は、マシュマロのユーザーがより楽しんでいるメッセージがどういうものかを観察してみると、大抵が「質問」ではなかったからです。
そこで、ユーザーがより楽める投稿の割合が自然と増えるように、「質問」という表現を外して、質問以外が投稿されやすい表記にしました。正直なところ、今となってはドメインに「qa」を付けてしまったのが悔やまれます。
また、公式Twitterアカウントの運用にも力を入れました。新機能の告知に加え、マシュマロを使ってユーザーの疑問に答えたり他愛もないやりとりをしたりすることで、公式アカウントをフォローするくらい熱心なユーザーたちが関心を持ち続けてくれるようにしたのです。
さらに、公式アカウントでの活動は、マシュマロの文化を育むという側面もありました。文化とは、端的に言えば「マシュマロを楽しむための振る舞い」のこと。ユーザーに使い方を提示したり、逆にユーザーの使い方を運営側が真似したりすることで、マシュマロの文化を発信し続けようと考えたのです。
「メッセージ」という表記に統一したことも相まって、「質問ではなく、感想を伝える」といったものや、「質問ではない、一種の匿名怪文書を集めて楽しむ」という、最初は想定していなかった独特の文化も確立されました。
なぜマシュマロがこうして文化を大切にするかというと、理由は2つあります。
1つ目は、マシュマロが「匿名の悪意で文化が破壊される」ことを嘆いて作られたサービスだからです。文化が破壊されない匿名サービスを作るということは、言い換えれば悪意に負けない強い文化を作るということでもあります。そして、そんな文化がしっかりと確立され続ければ、ユーザーは継続して使ってくれるはずです。
2つ目は、「文化はそう簡単に模倣されない」からです。マシュマロがSarahahにヒントを得ているように、インターネットでは優れた機能はすぐに真似され、さまざまなサービスに取り入れられます。そのため、機能だけで勝負すると、大きな企業に参入されたときに、サービスは死へ向かいます。
ですが、時間をかけて築かれた文化は、機能を真似しただけではそう簡単には奪われません。弊社はたった3人のスタッフしかいませんし、資金調達もまだ経験がありません。サービスは不完全な状態でリリースしていますから、人も金も時間も足りません。そんな状態で上場企業を含む全世界のサービスと戦うわけですから、独自の文化を築くなどの工夫が必要なのです。
リリースしてからの1年間を振り返ると、マシュマロは新規ユーザーを大量に獲得する機会には恵まれなかったと思います。実際、1日の新規登録者数は1,000人から2,000人程度で、この数値はここ1年伸びていません。ですが、ユーザーに継続して利用してもらえるような小さな施策を打ち出し続けたことで、利用者は毎月のように増えていきました。
新機能「投げ銭」追加 マシュマロ最大の欠点に立ち向かう
冒頭で説明した通り、マシュマロはネガティブなメッセージを除外するサービスです。機能が楽しさそのものを生み出しているわけではなく、楽しさを阻害する要因を除外しているにすぎません。
また、リリース後の改善は、ユーザーの継続を促すためのものです。つまり、サービス内のネガティブな要素を除外するためのものということになります。これも、楽しさそのものを生み出しているわけではありません。
そのため、マシュマロが持つ楽しさは、「匿名ならではの楽しさ」と「マシュマロならではの文化の楽しさ」の2点です。しかし、「匿名ならではの楽しさ」は、他の匿名サービスでも実現できるものなので、マシュマロ特有のものではありません。
一方で「マシュマロならではの文化」は、確かにマシュマロ特有のものですが、まだ盤石とは到底言えません。これは、機能面において文化を強化する要素が乏しいというのが原因と思われます。つまり、マシュマロは楽しさを生み出す力が弱いのです。
この大きな問題を解決するために、今までとは別軸の楽しさを生み出すような、新しい機能の開発に着手しました。それが「投げ銭機能」です。かねてから「メッセージ送信とともに、受信者側に“投げ銭”をしたい」というユーザーの要望があったので、それに応える形となります。
マシュマロの楽しさというのは、人と人とのやり取りによって生まれるもの、つまりコミュニケーションの楽しさです。そして、人のコミュニケーションは基本的に情報・物・お金という要素のいずれかを交換することで成り立っています。
この観点でいうと、言葉のやり取りが行われるマシュマロは、情報を交換するサービスです。そのため、全く別軸の楽しさを作り出すには、交換の要素として「物」か「お金」を組み込めばいいということになります。
ただ、物を扱うとなると、人手や資金が必要になるだけでなく、Webサービスの機能としても組み込むのがとても困難です。
一方、お金は既存のWebサービスの機能としては組み込みやすい要素です。投げ銭機能を導入してほしいという要望もあり、マシュマロとの相性も良いことが予想されたため、こちらを採用することにしました。
実は資金決済法の制約により、日本で投げ銭のように純粋な送金機能を実装するのは難しいのですが、マシュマロにおいてはその点も問題ありませんでした。マシュマロで考えていたものはあくまで「交換」であり、相手からの回答の対価として金銭が支払われる仕組みだからです。
要するに、投げ銭と同じような感覚で使えるというだけで、実際には有料相談サービスと全く同じ構造です。なので、回答があった場合にのみ受信者側にお金が送金され、期限内に回答がなければ送金されません。
ちなみに、投げ銭とは全く違う機能なので、マシュマロのサービス内では誤解を招きかねない「投げ銭」という表現は使っていません。マシュマロの独自性を強化するよう、「チョコ入りマシュマロ」と表現しています。
チョコ入りマシュマロは、2018年12月24日にリリースされました。既存機能の使い心地を阻害しないような形で実装していることもあり、利用率はあまり高くありません。2019年2月上旬時点で、チョコ入りマシュマロを受け取れる設定にしているユーザーは約3,500人。この数字は、登録ユーザー約50万人のうち、約0.7%です。
チョコ入りマシュマロとしてメッセージとともに課金する額は、ユーザーが自由に決められます。最低額は120円なのですが、1回のメッセージにおける平均課金額は約700円で、想定よりも高額でした。つまらない機能ならば、こうはならなかったはずです。チョコ入りマシュマロは、運営側が想定していた課金額を上回るような大きな「何か」を持っていると思われます。
そして、その「何か」こそ、マシュマロ特有の楽しさを向上させる鍵になると考えています。そのため、当面はその「何か」を探りながらサービスを改善していくことになります。
一方で、ネガティブなメッセージを除外するという、安全を標榜するマシュマロの基本機能も引き続き強化していく予定です。すでにAIによる自動判定を実現しているとはいえ、精度は十分に向上させる余地があります。また、ブロック機能の強化や、送信者によってAIのフィルタリング強度を細かく変えるなど、仕様面から安全性を向上させる施策も打っていきたいと考えています。
実は大赤字 マシュマロが抱えるもう一つの欠点
「楽しさを生み出す力が弱い」という話をしましたが、実はマシュマロには、さらに重大な欠点があります。実は弊社の収益の大半はアプリ☆メーカーによるもので、マシュマロ単体では大赤字なのです。
現在のマシュマロの収入源は主に広告で、毎月約60万円の収益があります。しかし、それではサーバー代などの設備費用や自分たちの人件費を賄うには足りず、黒字化にはあと100万円ほど必要です。
一応、新たな収益源となるチョコ入りマシュマロを導入したことで、リリース後2カ月間で約100万円の売上が立ちました。ですが、その大半はユーザーへ分配される分です。弊社の手元に残る収益は、導入にかかる費用とほぼ相殺されるため、1カ月当たり数万円程度にしかなりません。とはいえ、チョコ入りマシュマロは、マシュマロならではの楽しさを作り出すための機能なので、最初から数万円の利益になっているだけで御の字です。
このようにマネタイズ、つまり収益を得ることがうまくいっていないのは、マシュマロの重大な欠点です。重要なのはお金儲けではありませんが、全く儲からないと安定したサービス運営や継続的な改善が困難になってしまうので、これは解決すべき問題です。
ですが、悲観はしていません。まず第一に、マシュマロはユーザー数が伸び続けているので、それに比例して広告収入も増えているからです。ユーザーが増えるとサーバー代も比例して増えますが、広告収入に比べると増加率は緩やかです。また、自分たちの人件費もほぼ固定です。したがって、ユーザー数が増えるほど、売上のうち経費の占める割合が減っていくことになります。
次に、ただユーザー数が増えているだけではなく「熱心なユーザー」が増え続けているからです。そういったユーザーの中には、マシュマロ公式宛のチョコ入りマシュマロで「こういう機能がほしい」と要望を出してくれる人もいます。チョコ入りマシュマロは有料ですから、つまりはただの要望を、お金を払いながら送ってくれるのです。今まで多くのサービスを運営してきましたが、これほどユーザーの熱意を感じたのは初めてでした。
「この人達に報いていけば、きっと唯一無二のサービスになれる」
僕はそう確信しています。
そして、マシュマロが他に一切替えの効かないサービスになれば、さらに良い体験ができるような有料機能を実装したとしても、同じものを無料で提供できる他サービスが存在しないので、ユーザーに鞍替えされてしまうこともありません。唯一無二のサービスになることは、マネタイズの欠陥の解消にもつながるのです。
マシュマロが作りたいのは、未来の“当たり前”
マシュマロの将来に悲観はしていませんが、もしマネタイズがうまくいかなくても、マシュマロには運営を続けるべき大きな理由があります。それは、マシュマロというサービスが、社会に対して「未来のあるべき姿」を強く発信する存在だからです。
匿名サービスで傷つくということに関して、今のネット社会の風潮は「まぁ、しょうがないよね」と思いがちです。ですが、マシュマロを運営してから強く感じたのは、「そんなふうに諦めちゃ駄目だ」ということです。
「匿名なら悪口を言われてもしょうがない」という一種の諦めが浸透しているインターネットにおいて、マシュマロがここまで安全性にこだわるのは異質かもしれません。ですが、昔と比べて、現代の社会における価値観は大きく変わりました。
それと同じように、インターネット上の「匿名なら悪口を言われてもしょうがない」という価値観も古いものとなり、多くの人が当たり前のように「匿名でも悪口を言われるのはおかしいし、見過ごすべきではない」と考える未来が現実になる日も近いかもしれません。
実際に、マシュマロを運営し始めてから、僕自身の価値観も変化しました。多くの人を悪意から守ることができた経験だけでなく、守れなかった悔しさも経験していくことで、「まぁ、しょうがないよね」と諦めてしまうのは間違っていると思うようになりました。
未来が実際にどうなるかは分かりませんが、もっと人が傷つくのを見過ごさないような社会になるべきで、そうなる未来に賭けていくことが大事だと思っています。そのために、マシュマロは安全性を高めて「本当は匿名サービスでも傷つかないことが当たり前なんだ」というメッセージを示し続けていきたいです。
これから10年後、たまたま検索で引っかかったこの記事を読み始めた人に「なんで当たり前のことをこんなに力を入れて語っているのだろう」なんて思われる。そんな未来を作りたいのです。
1987年生まれ。Diver Down LLC. CEO&共同創業者。大学在学中に友人とWebサービスを作り始め、マネタイズできたので卒業しても就職せず。そのまま自由に気ままにWebサービスを作り続け、やがて「Diver Down LLC.」として法人化。
編集:はてな編集部