日本における「プロダーツ選手」の報酬って? アジア人初の世界選手権優勝を果たした鈴木未来さんに聞く
2019年1月、イギリスで画期的なことが起こりました。プロダーツ界で世界三大大会の一つとされている世界選手権「BDO World Professional Darts Championships」(通称:レイクサイド)において、とある日本人選手が、アジア人として初の世界チャンピオンに輝いたのです。
その選手の名は、鈴木未来(みくる)さん。28歳のときにダーツと出会い、結婚・出産を経てからプロ入りを果たしたという経歴の持ち主です。
世界選手権での優勝だけでなく、日本国内の「JAPAN LADIES年間ランキング」でも2016年から3年連続で1位にランクインし続けている鈴木選手。しかし「日本の場合、プロのダーツプレイヤーだけで生活していける人は、とても少ない」と明かします。自身がプロダーツプレイヤーになった経緯や、プロとして受け取る報酬の内訳などを語っていただきました。
ダーツにハマって4カ月で上京。プロダーツプレイヤーを目指すまで
── 世界選手権での優勝、おめでとうございます。まずは現在の活動環境や、ダーツを始められたきっかけを教えていただきたいです。
鈴木 2014年まで東京を拠点に活動していましたが、現在は夫の仕事の関係で、香川県高松市に住んでいます。平日は高松で練習をして、週末になると試合やイベントなどで全国各地に出張する……という生活を送っています。
以前は子育てと仕事の両立が大変だと感じることも多かったのですが、今は子供も小学生になり、少し余裕が出てきましたね。
ダーツに初めて触れたのは、大阪に住んでいた2008年ごろのこと。仕事帰りに、友人と一緒に寄ったダーツバーで教えてもらったのがきっかけです。当時は接客業をしていて、ダーツのルールすら知りませんでした。
── ダーツは、戦略や駆け引きが面白いと伺いました。そもそも、どういったルールなんでしょうか?
鈴木 基本的に、ダーツボードに向かってダーツを投げて、総得点を競い合うというルールです。日本で主流なのは、プラスチック製のボードとティップ(ダーツの先端)を使った「ソフトダーツ」です。
ボードの外周には1〜20の数字が振り分けられていて、ダーツを投げて先端が刺さった部分の枠外に書かれている数字がそのまま得点として入ります。
さらに、数字の内側には、赤色と緑色が交互になっている線が2つあります。外側の「ダブルライン」の線上にティップが刺されば得点は2倍、中心側の「トリプルライン」の線上に刺されば3倍もらえます。つまり「4」の枠内にあるダブルラインに刺されば8ポイント、トリプルラインの場合は12ポイントがもらえるということです。
ボードの中心にある二重の円は「ブル」といって、50ポイントもらえます。こちらはゲームによって、外側の「シングルブル」に刺されば25ポイント、内側の「ダブルブル」に刺さると50ポイントというふうに分けられることもあります。
ダーツは中央のブルが最も高い点を取れる場所だと思われがちですが、実は「20」のトリプルラインを狙った方が、ブルを上回る60ポイントを獲得することができます。
とはいえ、ゲーム形式もいろいろあるので、単に高得点を狙えばいいというわけではありません。例えば、プロトーナメントでも採用されている「501」というゲームは、スタート時の持ち点である501点から獲得した点数を引いていき、0点を目指すというゲーム。点数がマイナスになってしまったらやり直しなので、ぴったり0点に収めないといけないんです。
── なるほど。ダーツを投げて高得点を狙う技術力だけではなく、判断力や計算力なども必要になってくるんですね。
鈴木 はい。ただ、私がダーツをやり始めた当時はそこまで考えられませんでした。ダーツを投げる「スローライン」という位置からダーツボードまでの距離は(ソフトダーツの場合)244cmあるのですが、まず、ダーツを投げてもボードに届かないんです。届いたとしても、狙ったところには全く当たらなくて……。これがとても悔しくて、その日からほぼ毎日ダーツバーに通いました。
家ではダーツの練習方法をネットで調べて、ダーツショップではおすすめのダーツのパーツを店員さんに聞いて……とにかく、どうすれば上達するかを自分なりに研究しました。すると、だんだんと狙った場所にダーツが当たるようになってきたんです。どんどん楽しくなって、気がつけば上京して、都内のダーツバーで働いていました。ダーツと出会って4カ月後のことです。
── ダーツを始めてわずか4カ月で、ダーツのために上京! 好きになったらのめり込む方なんでしょうか。
鈴木 そうですね。もともと負けず嫌いですし、極めたいと思ったらとことんまで極めたくて。上京を決めたのも、ダーツのうまい人が多くいる場所へ行った方が、たくさん学べて上達すると思ったからなんです。
その後、ダーツが縁で夫と知り合い、結婚し、子供を授かりました。いろいろと環境は変わっていきましたが、それでも「ダーツを極めたい」という思いは全く薄れなかったんです。そこで夫に「ダーツのプロになりたい、世界一になりたい」と告げたところ、出産直後だったにもかかわらず、快く送り出してくれました。
── 鈴木選手の思いを理解してくださっていたんですね。
鈴木 私がどんなにダーツが好きか、というのを知っていてくれていたのは大きかったですね。
プロを目指すにあたり、夫にはさまざまな場面でサポートしてもらいました。もともとスポーツ好きだったこともあり、会社勤めの合間を縫っては、スポーツ心理学やメンタルトレーニング、マッサージ、コーチングなどを独学してくれて。学んだ内容などは、夫が自分のブログ「未来(みらい)の育て方」で記録しています。
また、一緒に香川へ移住してくださったお義母さんには、子供の世話などをサポートしていただきました。これもとてもありがたかったです。
大会の賞金にスポンサー契約料……プロダーツ選手の世界
── ダーツのプロ選手になったり、大会に出場するためには、どうすればいいのでしょうか?
鈴木 日本国内には、「JAPAN」と「PERFECT」という2つのプロ団体があります。どちらかのプロ試験に合格して選手登録をすれば、各団体が展開しているプロリーグに出場できます。プロ登録している選手は、両団体を合わせて約2,000人と言われています。
どちらの団体も年間を通してリーグ戦を開催していて、賞金ももらえます。ですが、規定によってリーグ戦は重複参加ができません。
私が所属している「JAPAN」の場合、プロになるには、書類審査や筆記試験、実技試験に合格する必要があります。とはいえ、プロになって得られるのはプロリーグへの参加資格のみです。選手登録したからといって報酬は発生しませんし、プロリーグへ参加しても、上位に食い込まなければ賞金はもらえません。
── なるほど。賞金を得るようになるまでには、実力をつけなければいけないということなんですね。鈴木選手がダーツの賞金だけで生活できるようになるまで、どれくらいかかりましたか?
鈴木 2011年にプロになってから最初の2〜3年は勝つことができず、つらい日々を送っていました。実力がついてきている実感はあったものの、試合で結果が出せなくて。試合会場までの交通費と宿泊費が家計を圧迫していた上に、まだ小さかった子供は夫とお義母さんにお任せしっぱなしで、申し訳なかったです。
転機が訪れたのは、プロになって3年後の2014年に開催されたリーグ戦で、初優勝したときですね。優勝できるようになったきっかけを挙げるとすれば、ちょうど東京から高松に引っ越したタイミングだったので、練習環境が変わったことでしょうか。そこから風向きがガラリと変わって、現在に至ります。
── 海外でプロとして活躍するトップ選手だと、年収が数億円にもなると伺いました。日本では、プロダーツプレイヤーとして生計を立てるのは難しいことなのでしょうか?
鈴木 日本の場合、プロのダーツプレイヤーだけで生活していける方は、非常に少ないと思います。平日は会社員として働いている選手、普段はダーツバーやショップを経営しているという選手もいますね。
賞金・出演料は、規模や内容によってさまざまです。大きな試合の場合、優勝賞金は大体50〜200万円で設定されています。先日、私が初優勝したレイクサイドだと、優勝賞金は12,000ポンド(当時のレートで約167万円)でした。
優勝できたとしても、宿泊費や交通費などを支払うと、手元に残るのは非常に少ない額です。夫がブログで公表していますが、2015年の私の賞金総額は514万5,000円でした。ちなみに、この年の私の国内年間ランキングは1位です。
また、この年に私が参加した「JAPAN LADIES(女子ツアー)」では1年間で計18回のリーグ戦が行われましたが、交通費などの諸経費をざっと計算すると約95万円かかっています。
── 2019年にレイクサイドで優勝された際も、賞金総額は増えたとはいえ、開催地であるイギリスまでの交通費などを考えると経費もかさんでしまいますよね。
鈴木 そうですね。私の場合は、企業がスポンサーとして移動にかかる経費などをサポートしてくださっています。スポンサードの形も、月額でスポンサーフィー(報酬)をいただいたり、優勝時にロイヤルティーをいただいたりと、企業によってさまざまです。
── ターゲットスポーツ社からバレル(ダーツの軸にあたる部分)の「鈴木未来モデル」が出ていると伺いました。こうしたコラボなども展開されているんですね。
鈴木 サッカーやテニスでは、選手モデルのシューズやラケットが販売されていますよね。ダーツだと、選手モデルのバレルがよく展開されています。
ダーツは基本的に、先端から順番に「ティップ」「バレル」「シャフト」「フライト」という4つのパーツで構成されています。それぞれのパーツを自分好みに組み合わせることで、こだわりのダーツを作ることができるんですね。
中でもバレルは“ダーツの心臓”とも呼ばれているほど重要なパーツです。選手が握って軌道や力加減をコントロールする部分なので、形状を少し変えるだけでも試合に与える影響は大きいです。
私が監修したバレルは、少し重めで、長さがあるのが特徴です。普通のバレルと投げ比べていただき、違いに気づいてもらえるといいなと思います。
バレルのように選手名を冠したグッズの契約は、売上のいくらかの割合をロイヤルティーとしていただいたり、発売時に監修料として一括でいただいたりと、企業によってさまざまです。
正直な話、競技人口との兼ね合いもあり、いただく金額はそこまで大きくありません。でも、自分の理想とするバレルを作っていただけて、そしてダーツを楽しむ方に使っていただけると思うと、本当にありがたいですね。
もっと多くの人に、ダーツの楽しさを知ってもらいたい
── 3年連続で国内ランキング1位と、日本では向かうところ敵なしの鈴木選手ですが、海外での試合を経験されてどんなことを感じましたか?
鈴木 日本と海外では、そもそもダーツの種類が違います。先ほども触れたように、日本ではティップがプラスチックになっているソフトダーツが主流ですが、ダーツ発祥の地であるイギリスでは金属製のティップを使った「ハードダーツ」がメインです。
海外の大会へ行くと、ボードのサイズや材質、ボードまでの距離なども日本とは異なります。海外の大会へ出場してみて、こうした違いに適応するためにも、試合前の調整と練習が重要になってくると実感しました。なので、投げ込みの練習はしっかり取り組みました。
── 地道な練習によって世界大会優勝までたどり着いたということなんですね。「負けず嫌い」「極めるならとことん」という鈴木選手らしさを感じました。今後の目標などはありますか?
鈴木 三大大会の1つであるレイクサイドは制覇したので、残りの2大会「Winmau ワールド・マスターズ(通称:ワールドマスターズ)」と「BDOワールドトロフィー」の優勝を目指したいです。
ワールドマスターズは、世界最大規模のダーツ団体であるブリティッシュ・ダーツ・オーガニゼーション(BDO)が開催する、最も歴史のあるリーグ戦です。世界ランキングの上位にランクインする選手や、レイクサイドとワールドマスターズの優勝者、そして世界各国の予選を勝ち抜いた選手が参加します。私も参加が決まっており、実力者がそろう大会なので、まずは一つずつ勝っていきたいですね。
あとは、ダーツをもっとたくさんの人にやってもらいたいという思いがあります。もっと多くの人にダーツを知ってもらおうと、今住んでいる高松を中心にダーツを楽しんでもらうイベントを開催したこともありました。最近は忙しくてなかなかできていませんが、これからもダーツの楽しさに触れてもらえる機会は作っていきたいですね。
── 最後に、鈴木選手の活躍でダーツに興味が湧いてきたという方に、メッセージをお願いします。
鈴木 ダーツはルールが分かりやすくて、動きも激しくないため、年齢を問わず多くの方が楽しめるスポーツです。還暦を過ぎたプロ選手もいらっしゃいます。
また、今はダーツバーだけでなく、カラオケボックスやアミューズメント施設でもダーツが用意されているので、やってみたいと思ったら気軽に始められる環境がそろっています。まずはお近くの施設で、ダーツに触れていただけたらと思います。
ダーツバーやダーツショップの店員さんたちは、質問にも親切に答えてくれる優しい方ばかり。私もそんな優しい方に囲まれていたから、世界大会で優勝するところまで来ることができました。もっとたくさんの人に、ダーツの楽しさを知っていただけると嬉しいです。
取材・執筆:浦島茂世
大阪府交野市生まれ、香川県高松市在住。一児の子供を育てながら世界に挑むママダーツプロプレイヤー。28歳の頃にダーツに出会い、わずか10年で2019年1月に開催された世界選手権レイクサイドで、アジア人初の世界女王となる快挙を果たす。今年の目標はダーツ三大世界タイトルの制覇。趣味はカラオケ(アニソン・BABY METAL)、ニックネームは「Miracle MIKURU」。好きな食べ物はとにかくサムギョプサル。
編集:はてな編集部