朝起きて目が覚めたら、隣にショベルカーがあってほしい──建機・重機専門カメラマンが語る、建機の尊さとお金の話
工事現場で私たちが時々目にする、ブルドーザーやクレーン車といった「建機」や「重機」の魅力に取り憑かれ、建機・重機の撮影を専門に活動しているカメラマン・池田智さん。
初心者にはおそらく、なかなかその魅力や愛で方が分からないものに池田さんはなぜ興味を持つようになり、それを仕事に選ばれたのか──? 気になる背景とほとばしる愛情を、建機・重機マニアのお金事情に絡めつつお聞きしました。
ごく普通の会社員が「建機の人」になるまで
──すみません、正直に言うと、建機・重機というものに人生であまり注目したことがなく……。池田さんが撮られているのは、工事現場にあるブルドーザーとか、そういったものですよね?
池田智さん(以下、池田):そうです、そうです! 工事現場で見るような小型のパワーショベルから巨大なダンプトラックなど、ありとあらゆる建設用の機械を専門で撮っています。
──そもそも、建機・重機に興味を持たれるようになったきっかけって何だったんですか?
池田:子どもの頃からアニメ全般が好きだったんですが、女の子向けのアニメだけじゃなく、ロボットアニメが特に好きで。中でもいちばん夢中になっていたのが、ちょっとマイナーなんですが「超人戦隊バラタック」(1977年から1978年までテレビ朝日系で放送された、東映動画製作のロボットアニメ)っていう、手先のパーツが変更できるロボットが出てくるアニメだったんですよ。
ロボットの操縦者が「博士、パーツを送ってください!」って言うと基地からパーツだけが飛んできて空中でガチャンって合体したりするんですけど、そのシーンが本当にカッコよくて……。バラタックはロボットアニメの中でもちょっと異色の作品で、地中型とか水中型とか、ロボットがいろんな形に変化するんです。当時は意識してなかったんですが、いま振り返ると建機に通ずるものがあって好きだったのかな、と思います。
──なるほど! では、建機・重機好きだと意識したのはもう少し大人になってからですか?
池田:そうですね、成人して結婚してからです。ある時ふと、「建機っていいよなあ」と思ってネットでいろんな情報を見ていたら、とある建設機械のメーカーさんのホームページで「工場開放デー」なるものの告知を見つけて。ひたちなか市で開催されるとのことだったので、夫に頼み込んで車でひたちなかまで連れて行ってもらったのが最初です。建機を間近で目にした途端「これは楽しいぞ」と思い、あれよあれよという間に魅力に取り憑かれてしまって……。
──建機・重機の写真を撮られるようになったのもそこからでしょうか?
池田:最初は工事現場の前を通りかかるたびに気になってのぞいてみる、という感じだったんですけど、3年くらい前にカメラを始めて、独学でいろいろ撮るようになりました。当時はフルタイムで会社員をしていたのであくまで趣味の範囲だったんですが、それでは満足できず「カメラマンとして活動できないかな……」と徐々に考え始めて。2016年末に会社を退職して、カメラマン一本で活動し始めたんです。
せっかくこんなに建機が好きなんだから、「建機・重機専門のカメラマン」と名乗ったらお仕事がくるかなと思ったんですけど、ニッチ過ぎてまあ2~3年くらいはびっくりするくらい刺さらなかった(笑)。地道に営業を続けてきて、ここ最近ようやく「建機の人」って言っていただけるようになりました。
シールドマシンのロマン、インナーチューブの美
──池田さんにぜひ建機・重機の愛で方を教えていただきたいのですが、特にお好きな建機・重機ってありますか?
池田:私のイチ押しはシールドマシン(※地下鉄やトンネルの掘削に利用される、地盤を横に掘り進める建機)ですね。たぶんみなさんご覧になったことはないと思うんですけど、一度、北海道の新幹線のトンネル工事で撮らせていただいたことがあって。
──トンネル工事に利用される建機なんですね。確かにあまり見られる機会がなさそう……。
池田:そう、レアなんです! シールドマシンってこの丸い部分がぐるぐる周りながらトンネルを掘っていくんですけど、地上で見られるのは本当に工事の前だけなんですよ。一度発進したら淡々と地中を掘り進めて掘り進めて、最終的には「埋殺し」になることが多いんです。
──埋殺し、と言うと……?
池田:シールドマシンって基本的に、あまり転用ができない建機で。一般的な建機ってAの現場が終わったらBの現場に……とさまざまな場所で使われるんですけど、シールドマシンはその工事現場の地質などに合わせて一つひとつ生産されるものなんです。地中深くまで潜ったシールドマシンをまた地上に出して解体すると膨大なお金がかかってしまうので、地中でそのまま埋まりっぱなしになっているケースが多いんですよ。それが「埋殺し」です。
──ええっ、そんな建機があるなんて知りませんでした。切ないですね……。
池田:掘り進めた先が終点の駅だったりすると枠だけ残されたり、まれに解体されることもあるんですが、埋殺しすることが多い。シールドマシンはその場の役割を全うしたらいなくなる運命なんですよ。私これ、生で見たときはちょっと胸熱過ぎて、シールドマシンに感情移入してウルッときちゃいましたね……。尊いんです。
──(尊いって重機にも使うんだなぁ……)建機の見た目というよりは、その背景のストーリーに惹かれるという感じなんでしょうか?
池田:うーん、そういった背景にロマンを感じることも多いですけど、見た目にももちろんときめくので両方ですね。私は結構、建機のチューブとかアタッチメントとかが好きで。油圧ショベルってご存じですか? いわゆるパワーショベルと呼ばれている建機です。
──分かります、分かります!
池田:その中にインナーチューブというパーツがあるんですが、それが特に好きで! 油圧ショベルが動くたびに縮んだり伸びたりするパーツなんですけど、常にオイルに浸かっているので、建機自体がどれだけ泥だらけになってもここだけはピカピカのままなんですよ。インナーチューブを見ていると、まるで汚泥に咲く花のようだ、尊い……! と思います。
──な、なるほど……! ちなみに、建機・重機の初心者向けに「まずはここから入ると楽しい」みたいな部分ってあったりしますか?
池田:ロボットっぽい建機にはときめく方も多そうですよね。個人的にはガジラカッターを装着した建機もたまらなく好きです。
あと、2本のアームがついた「双腕機」と呼ばれるジャンルはロボット感が強くておすすめです。最近は建機の開発に携わっている方とお話しする機会もあるんですけど、開発者の方が「機動戦士ガンダム」などのロボットアニメが好きだったりすることも多くて、ロボットを想起させるような建機も増えてきてるんです。外観のロボットっぽさだけではなく、まるでロボットの操縦をしているかのように、操作レバーがジョイスティックになっている建機も出てきています。新しい時代がきてるなーと思いますね。
あっ! あとは、建機の注意喚起シールなんかも面白いですよ。
──注意喚起のシール、ですか?
池田:建機に貼ってある、「近づいたら危ないよ」っていうシールです。
他には、「乗るな」とか「はさまれ」とか「跳ね飛ばされ」とか(笑)
国内のメーカーだとわりと同じようなシールが貼られてるんですけど、海外の建機になると一気にバリエーションが増えるんですよ。
これはラスベガスで行われた建機の展示会で撮ったシールなんですが、イラストがすごくリアルで……。
──これは……トラウマになりそうな絵ですね。
池田:事故が起きたらこうなるから近づくな、っていう。効果はありそうですよね。とにかくいろんなバリエーションがあるのが面白くて、こういう部分を見てみるのも楽しみのひとつかなと思います。
建機・重機マニアのお金事情
──シールのインパクトで一瞬気づかなかったのですが、池田さんはラスベガスのイベントにまで足を運ばれているってことですよね。
池田:そうですね。2017年にラスベガスで開催された世界三大建機展(世界最大級の建設機械の国際見本市の総称)の一つである「コネクスポ」(CONEXPO-CON/AGG2017)はちょうど仕事を辞めた直後だったので、自分へのご褒美も兼ねて行っちゃおうかな、と……。見るだけで2万円くらいかかるんですけど、日本では滅多にお目にかかれないような大型の建機や、特殊な建機が見られるので、その機会は逃したくなくて。
──池田さんの場合はお仕事と趣味の境目があまりないかと思うのですが、全国各地、時には海外にも建機を撮りに行くとなると、お金はかなりかかりそうですよね……。そのバランスってどうとられているんですか?
池田:遠方での取材の際は、基本的には撮影費用と別に交通費はいただいているんですけど、やっぱり取材先とは別の現場を撮りに行ったりもしてしまうことも多いので、移動費はかさみます。会社員時代の貯金や撮影でいただいたギャラを切り崩しながらやっているので、やや経費先行型ではありますね……。
──車両系建設機械の特殊免許を取得されたとお聞きしているんですが、そういった免許も高額なイメージがあります。
池田:そうですね。会社を辞めたタイミングで取得したんですけど、5日間教習所にみっちり通う必要があって、10万円ちょっとくらいかかりました。ただその免許の取得に関しては、自分で建機に乗ってみたい! という気持ちももちろんあったんですが、建機の動きをきちんと把握しておきたいという動機も大きくて。
カメラマンってファインダーをのぞき込んでいる時間が長くて、ただでさえ注意散漫になりがちなので、危険な建機や重機のそばで写真を撮るのにその動きを理解していないのはまずいな、と思って。免許をとったおかげで「いまあの建機の安全レバーが倒れたから、ちょっとここは離れよう」とか考えられるようになったので、それは必要だったなと思っています。
──なるほど。確かに建機・重機専門となると、安全への意識は欠かせないですよね。
池田:そうなんです。万一、怪我をしてしまったら作業者の方やゼネコンの方にも迷惑をかけてしまうので、とにかく安全第一で撮っています。靴も鉄板が入っている安全靴ですし、黄色い作業着で、カメラにも黄色いカバーをつけて撮影するようにしています。
──業界の方とのリレーションもあり、専門知識も豊富な池田さんに撮影いただくにはどれくらいの金額がかかりますか?
池田:建機・重機・工事現場の撮影であれば1点、10,000円から相談させていただいていますね。ご要望があれば建機以外も撮ることもありますが、基本は建機・重機・工事現場専門でやっています。ニッチな分野なのでお仕事が豊富にあるわけではないのですが、「まずはお気軽にご相談いただける金額でやってみよう」ということで金額を決めました。
おかげさまでだんだんと「建機の人」として認識していただけており、2018年『重機fun』という建機のムック本の撮影にも携わらせてもらえたりと、少しずつ専門カメラマンとしての仕事は増えてきていますね。
「建機界の銭形警部」になりたい
──今後、お仕事の目標やこんな建機を撮ってみたい! という夢ってありますか?
池田:やっぱりレアなのでもっとたくさんシールドマシンが撮ってみたいとは思っているんですけど、夢で言うと、朝起きてすぐ隣に建機があったら幸せだなって考えることはありますね。
──ご自宅の隣に建機、ということでしょうか?
池田:そうですね。朝、シャッってカーテンを開けた向こうに建機が見えたらいいな、と。少し前に、たまたま近所のお宅が家を壊して建て替えをされていて、解体用の建機が家のすぐそばに来てたことがあったんですよ! あれは幸せだったな……。朝起きるたびに「今日もまだいる!」と思って、本当に楽しかったです。将来的には広い家の吹き抜け部分にひとつパワーショベルとかを置いてそこに住んでみたいんですけど、かなり広い家じゃないと難しいですよね。
……あっ、でも、現実的な目標としては銭形警部みたいになることですかね。
──ええと、ルパン3世の……?
池田:そうですそうです! 銭形警部って、ルパンが関係している事件だったら日本だろうがイタリアだろうがアメリカだろうが、どこにでも飛んでいくじゃないですか。ああいう感じで、「建機だ!」って言われたらラスベガスだろうがチリの鉱山だろうが、どこにでも行けるカメラマンになりたいですね。
そして私が撮った建機の写真が、子どもや若い人たちにとって「こういう現場も楽しそうだな」「格好いいな」って思えるきっかけになったら、それがいちばんうれしいなと思っています。
会社員時代にデジタル一眼レフカメラを購入し、撮影を始める。撮影技術は独学。建設機械が好きすぎて建機・重機・工事現場専門カメラマンとなる。メインカメラはニコンのフルサイズ、サブカメラにAPS-Cの2台持ちで撮影をしている。
文・取材:生湯葉シホ
編集:はてな編集部