幸か不幸か? スゴ本の人が選んだ、人生における結婚の価値が見えてくる6冊

幸か不幸か? スゴ本の人が選んだ、人生における結婚の価値が見えてくる6冊

結婚は価値が有るか無いか、それが問題だ。

この問題を考えるとき、マスターカードのCMを思い出す。お金で買えるものには値段が付いているけれど、お金で買えない価値があるものは「プライスレス」というやつ。

たとえば、サッカーボールは買えるけれど、初めてゴールを決めた息子の笑顔はプライスレス。キャンプ道具には値段が付いているけれど、星空の下での家族の団らんはプライスレス。

私が結婚に費やしたさまざまな価値は、生活費やローンなど、値段が付ているものがある一方で、感情や時間など、プライスレスなものもある。

ポイントは、喜びや楽しみといったプラスなものだけでなく、怒りや苦しみといった負の感情もあるところ。「結婚はプライスレス」という言葉には、辞書的な「お金では買えないほど高い」という意味がある一方で、苦い経験で学んだ「どれほどお金を積んでも良いから御免被りたい」というマイナスの価値も付けたくなる。


どちらが正しいのだろう?

「結婚は人生の墓場だ」という説がある。反対に、「結婚は喜びを倍に、悲しみを半分にする」という説もある。結婚した人に話を聞くと、「結婚して良かった」という人もいれば、「結婚なんてするもんじゃない」という人もいる。

結婚に対する価値観は、古今東西の名言を紐解いても、ネガティブ/ポジティブの両方に割れる。かくいう私も既婚者だが、どちらも正しく、どちらか一方を選べば間違っているといえる。

ここでは、こうした「人生にとって結婚はプライスレスなものか」を考える上で役に立つ本を選んだ。その価値がネガティブなものであれポジティブなものであれ、両方のアプローチから迫ってみよう。

結婚ネガティブ

『ゴーン・ガール』/ギリアン・フリン/小学館

ゴーン・ガール(上)

  • 作者: ギリアン・フリン
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2013/06/06
  • メディア: ペーパーバック

男と女の地獄の先とは?

夫婦である男と女が、本当に分かり合うということは、どういうことか、震えるほどの恐怖と迫力で伝わってくる。


虚栄、欺瞞(ぎまん)、嫉妬、支配、背信、復讐、嘘、嘘そして嘘……。男女にまつわる、あらゆるマイナスの感情を、心行くまで堪能できる。「夫婦あるある」のすれ違いだと思っていたら、物語のフルスイングが脳天直撃するだろう(しかも、二度も三度も)。

この小説は典型的な、「信頼できない語り手」で紡がれる。妻・エイミーの日記と、夫・ニックの独白が交互に重なるのだが、何かがおかしい。「ある日突然、妻が失踪する」のだが、妙に冷静で何かを隠しているような夫にも、自身が失踪する日に至るまでを日記に記したナルシズムまみれの妻にも違和感を抱いていく。じわじわ不審感が増してくる。この誘導の仕方が抜群に上手いのだ。

この夫婦の腹の探り合いは、気持ち悪さと共に、私自身と自分の妻との不協和音を増幅させられているようで不愉快になることこの上なし。

高まる不信感に翻弄(ほんろう)されながらジェットコースターの頂上へ到達し、疑惑が暴かれる瞬間、私は思わず「嘘だッ! 嘘だッ! 嘘だッ!」と声に出した。そこから先は坂を転げ落ちるように一直線に真っ逆さまへ。しかも、その直線上にはカミソリやら爆発物やらが埋め込まれていて、読み手に、登場人物に、物語そのものに衝撃とダメージを与える。

失踪事件を胸くそ悪いエンタメに仕立て上げるジャーナリズムに反吐が出ると共に、女の愚かしさを徹底的にえぐり出す描写に嫌気がさすし、信じがたいほどバカである男のいやらしさにウンザリさせられる。

それでもページを繰る手が止まらない(むしろスピードアップする)。なぜなら、地獄の先が知りたいから。ただでは済まないことは分かっている。怖いもの見たさ、禍々しいものに触れてみたさが読む動機となる。あらゆる予想を裏切るナナメ上の展開は、ぜひご自身の目で確かめ、驚くべし。

『ボヴァリー夫人』/フローベール/岩波書店

ボヴァリー夫人 (上)

  • 作者: フローベール,伊吹武彦
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1960/06/25
  • メディア: 文庫

結婚の嘘と現実

話を聞かない男、カン違いする女の痛々しさを堪能できる。

恋に恋するこじらせ女や、哀れなほど典型的なコキュ(妻を寝取られた男)、既視感がありまくる浮気相手など、分かりやすくカリカチュアライズ((欠点・弱点などをおもしろおかしく誇張して、風刺的に描くこと))された登場人物は、「俗物」の一言で片付く。世間体を気にして、見栄に振り回される人生は、反面教師と扱っても良いが、むしろ、こういう人々で世界は成り立っていると気付くべき。

戯画的に誇張されているとはいえ、主人公であるエマが抱く「人生のこれじゃない感」は嫌悪を持って共感されるだろう。善人の愛と狂人の恋の、良くできた御伽噺(おとぎばなし)と思いきや、世界は俗物で成立しており、俗物により世界は回っているという、ウンザリするほど現実的な話に付き合わされる。

男に狂って贅沢三昧の挙句に、破滅する女の話なんて珍しくない。しかし、この作品を古典にまで成したのは、間違いなく小説のチカラ。だから安心してハマってほしい。「小説を読むこと」の、純粋な喜びがこの名作からはくみだせる。

「お花畑的ロマン主義的 vs 凡庸なリアリズム」として読んでも面白いし、男性優位社会という歪んだジェンダー構造の負け戦と捉えても楽しい。

結婚による男女の変化が、これでもかというくらい良く見える。アインシュタインが言ったとか言わなかったとか。

結婚するとき、男は女に変わらないでいてほしいと願う。だが女は変わってしまう。
結婚するとき、女は男に変わってほしいと願う。だが男は変わらない。

変わらない結婚なんて嘘だ、そう断言できる傑作。

『愛しのアイリーン』/新井英樹/太田出版

愛しのアイリーン[新装版] 上

  • 作者: 新井英樹
  • 出版社/メーカー: 太田出版
  • 発売日: 2010/12/15
  • メディア: 文庫

結婚とはすなわち、金銭と欲望の交換

結婚の毒本。

モテない四十路男が、フィリピンの嫁を“買う”ことから始まるエロスとバイオレンス。表向きは、少子高齢化、嫁不足、農村の後継者問題といった社会問題をテーマに掲げているが、深層では「少しだけ幸せになりたかった人々」のそれぞれの欲望を、濃密に徹底的に描き出している。

ガタイはでかいが気は小さい岩男と、岩男がフィリピンから連れてきた妻、アイリーン。最初はドタバタ劇かと思いきや、ページを繰るごとにドロドロしてくる。ずっと結ばれない2人が、ある出来事をきっかけに一線を(一戦を?)越えてしまうのだが、そこから先はフルスロットルで坂道を墜ちるように転がってゆく。

田舎の閉塞感をブチ破る爽快さと、ヒリヒリと背を焼くような焦燥感、さらに欲望と金銭の果てのない背徳感を、えぐるように、むさぼるように描いている。この読書体験は、露悪感がカタルシスにつながる、珍しいものとなるだろう。

新井作品は常にそうなのだが、読むのに大量の感情とエネルギーが必要だ。この結婚のどこに救いを見いだすかは、読み手の自由だし責任でもある。

本書の底流に、「結婚とはすなわち、金銭と欲望の交換である」という主張が潜んでいる。そこで交換される欲望の一つが性欲であり、片方に生欲(生きる欲望)がある。最初は性欲の塊だった岩男が、アイリーンに愛情らしきものを抱くようになる展開と、お金のために結婚したアイリーンが、生き延びるためにギラギラしてゆく展開が絡み合う。アドレナリン全開で読むべし。ただし、一気に読むと中毒になるぞ。

そもそも岩男が結婚しなかったら、こんなエグいことにはならなかったのに……と思いながらラストにたどり着くと、キルケゴールのこの寸鉄を思い出す。

「結婚したまえ、君は後悔するだろう。結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう。」

結婚ポジティブ

『長い道』/こうの史代/双葉社

長い道 (アクションコミックス)

  • 作者: こうの史代
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2005/07/28
  • メディア: コミック

小さすぎて見えなかった幸せが見えてくる

だまし合い・化かし合い・殺し合いの夫婦ばかり見てきたので、ここらで解毒剤となる1冊を。

甲斐性なしで女たらしの壮介と、おっとりぼんやりした道さんの日常は、基本ほほえましく、ときに胸にぐっとくる。酔っ払った親同士で勝手に決められた結婚で、好き同士でもないのに一緒に暮らしていくうちに、割れ鍋に綴じ蓋((どんな人にもぴったり合う相手があること。似たもの同士が良いことのたとえ))(われなべにとじぶた)というのか、だんだんサマになっていくのが良い。

結婚はゴールではなくスタートだということが分かる。結婚は、ある一つの大きなイベントではなく、長い長い共同生活を通じて作り上げていくものなのだ。その中で、小さいけれど嬉しいことを見つけていくのが、幸せな結婚なのだ。人それぞれ、小さすぎて見えない幸せを、一つ一つ形にしてくれる。こうの史代といえば『この世界の片隅に』が有名だが、私はこれが好き。

この2人を見ていると、結婚のライフハックを圧縮した、あるアドバイスを思い出す。「『この人と一緒になったら、幸せになれる』という人を選ぶのではなく、『この人となら一緒に苦労してもいい』という人を選びなさい」というやつ。

『アンナ・カレーニナ』/トルストイ/光文社

アンナ・カレーニナ〈1〉 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者: レフ・ニコラエヴィチトルストイ,望月哲男
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2008/07/10
  • メディア: 文庫

未婚・既婚を問わず、結婚がはかどる本

不倫に狂った挙句、鉄道自殺する女の話。不信感やマウンティングや嫉妬など、男と女の諍い(いさかい)の、一番嫌なところが拡大して描かれている。そんな小説、「結婚ネガティブ」じゃないのかとツッコミたくなるかもしれない。

だが、もう一人の主人公・リョーヴィンに目を向けると、この小説はガラリと変わる。タイトルの「アンナ」に引っ張られてしまうが、この小説の半分は、リョーヴィンに費やされているのだ。知性と美貌と富に恵まれたアンナが転落してゆく人生と交差し、紆余曲折を繰り返しながら幸せな結婚をする純朴なリョーヴィン。これは一種のダブル・プロット((対照的な2つの物語が,互いに効果を高め合うようになっているもの))なのだ。未婚・既婚を問わず、読めば結婚がはかどるぞ。

アンナを見ていると、オスカー・ワイルドの名言“女とは愛すべき存在であって、理解するためにあるものではない”を思い出す。

これは、私の経験にも合致する。夫婦喧嘩という名の一方的なサンドバック状態になっているとき、頭をよぎる。結論を言えば、「論理的に分かろうとした時点で負け」なのだ。さらに、相手の感情に寄り添えるならば、まだソフトランディングの余地はある。

しかし、アンナの夫と不倫相手は、そこを分かっていなかった。体裁を繕うことに全力を費やしたり、売り言葉に買い言葉で応じたりする。優越感ゲームや記憶の改変、詭弁術の駆け引きは目を覆いたくなるが、それは私の結婚でも繰り返されてきたことの醜い拡大図だ。

予習として読めば地雷の埋設箇所が分かるし、復習として読めば「アンナの物語が私の人生でなくて良かった!」と胸をなで下ろすだろう。

アンナのドラマティックな人生に比べると、リョーヴィンのパートはいかにも泥くさい。地方貴族で地主ではあるものの、純朴で、内気で、世間知らずで、モテない。野心とプライドが空回りして仕事がうまくいかなかったり、想いを寄せた女の子に振られたりで、悩み多き人生を送っている。時代や文化を越え、彼の悩みは、若かりし頃の私の悩みに通じている。

そんなリョーヴィンが、「愛」の前にまず「信頼」を得てゆくさまは、直球のラブストーリーを読んでいるようで楽しい。すったもんだの末に一緒になるのだが、「幸せな結婚をしましたとさ、めでたしめでたし」で終わらないところも良い。不安はいつだってあるものだし、いつでもその不安を克服するために生きるのだというメッセージが伝わってくる。

結婚によって人生を破壊していくアンナと、結婚によって人生を作り上げてゆくリョーヴィン。トルストイの一見リアリスティック((現実的))な世界は、同時に象徴、隠喩、寓意(ぐうい)に満ちた迷路になっている。破滅への兆候を拾っていくとエンタメとして読めるし、恋愛小説として読むと完全にラノベになる。読み手は、そこに、モザイクのように散りばめられた自らの過去や未来を垣間見るかもしれない。

結婚前の私に読ませたかったスゴ本。結婚後の私にとっては、涙ナシには読めないスゴ本なり。

『おめでとう』/小池昌代(編)/新潮社

おめでとう

  • 作者: 小池昌代
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/03/29
  • メディア: 新書

日々変化することの幸せ

小説家・小池昌代が編んだ詩集。結婚に限らず、卒業、入学、出産、成長、そして別れをテーマに選んでいる。結婚のパートはバリエーションがあり、幸せいっぱい胸いっぱいになる作品が選ばれている。一方、狂気と不穏を孕んだ詩もある。

面白いのは、折に触れ、繰り返し読むたびに、同じ詩から違う気付きが得られること。

たとえば、定番の吉野弘『祝婚歌』。私が結婚する前は、1行目の「二人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい」に引っかかった。よくある「結婚前は目を見開いて、結婚後は半分目を閉じよ」という意味かしらと思ったが、私の経験に照らし合わせると、「なにか“理想の結婚”みたいなものを掲げて、それを目指そう/(相手に)目指させようなどと考えないほうが良い」というアドバイスと取った。お互いにしんどくなるからね。

読むたびに胸がいっぱいになるのは、辻征夫『婚約』だ。鼻と鼻とが触れ合わんばかりに近くにあり、互いの吐く息を互いに吸い合っているうちに、酸素欠乏症で死んでしまうんじゃないの? という詩だ。

ユーモラスなカップルの幸せは伝染する。「このまま二人で死んでしまってもいい」という幸せは、矛盾しているかもしれないが、ずっと2人は変わらないで幸せでいてほしいと願いたくなる。

他にも、「正しいことと、言うべきことは違う」や、「助言ではなく共感すべし」というメッセージを、同じ1冊から受け取る。これは、読み手である私自身が変化(成長?)した証であり、その変化の標(しるし)となっているのは、本が物理的に変わらないものであるから。本は変わらないが、そこに書かれた言葉は、読み手と共に変化するのだから。

「結婚ネガティブ」「結婚ポジティブ」のそれぞれを強調して、6冊の本を紹介した。見返してみると、ネガティブな作品にも得るものがあり、ポジティブな中にも闇が潜んでいたり、一概に結婚をネガ/ポジで分けるのは乱暴ですな。

本音を言えば、結婚は良いぞ、と断言する。しかし、それは私の結婚だけに言える。私の人生に対し、ネガ/ポジの両面からさまざまな経験を積ませることで、人として成長・成熟させたのは、紛れもなくこの結婚のおかげ。そういう意味で、私の結婚はプライスレスである。

だが、あなたの結婚は知らない。あなたが未婚・既婚にかかわらず、あなたの人生に結婚がどう働くかは、分からない。ただ言えることは、ここに掲げた6冊はあなたの結婚に間違いなくプラスに働くということだ。予習であれ、復習であれ、役立てて欲しい。

良い本で、良い結婚を。

ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」 の中の人。気になる本を全て読んでる時間はないので、スゴ本(凄い本)を読んだという「あなた」を探しています。

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