文化財を撮るのではなく、文化を撮る。「国宝カメラマン」が撮影で心掛けていること

文化財を撮るのではなく、文化を撮る。「国宝カメラマン」が撮影で心掛けていること

京都でカメラマンをしている「久保田狐庵(くぼた こあん)」と申します。

「カメラマン」と言っても、内容は多岐にわたります。依頼された写真を撮るだけでなく、テーマを持った、専門性のあるカメラマンも多いです。料理をおいしそうに撮るフードカメラマンや、スポーツで見逃せない一瞬を切り取るスポーツカメラマン、ニュースを撮影する報道カメラマンなどが一般的でしょうか。

私の場合はさまざまな写真を撮っており、専門のひとつに「文化財の撮影」があります。

24歳のときにカメラマンとして独立したのですが、ご縁があって、そのときから文化財を撮り続けています。京都は文化財が多いということもあり、年間に少なくとも15点、今までで300点以上の文化財を撮影してきました。もちろん中には国宝もあります。

文化財を撮影するときには、ただ綺麗に撮れれば何をしてもいいというわけではありません。いろいろな制約があるし、環境の保全に気を遣わなければならないのです。万が一、撮影時に傷をつけてしまっては大変です。ただ高価な機材を使えばいいというわけでもありません。

今回は、文化財の撮影ではどのような機材を使っているのかを紹介するとともに、国宝などを撮影するカメラマンの仕事についてお話したいと思います。

私がこれまでに撮影した主な文化財

まずは、私がこれまでに撮影した文化財について、少し紹介させていただきます。

文化財と一言で言いましたが、実は「国宝」「重要文化財」「登録有形文化財」「都道府県指定文化財」と多くの分類があります。具体的な名称が出てきたときには注釈を入れますが、ここではまとめて「文化財」とさせてください。

私が請け負っている文化財撮影は、京都にある「京都古文化保存協会」さまの依頼で、春と秋に行われる「春季(秋季)非公開文化財特別公開」でのポスターやパンフレット、その他の印刷物に使われる写真がメインです。

これらの中(時には表紙も)に使われている写真を担当しています


これら以外にも直接お寺さまからご依頼を受けたり、朝日新聞の「古都さんぽ」という全国の名所旧跡を訪れる記事の写真を3年ほど担当させていただいたりもしました。

いくつか撮影したところを紹介しましょう。

  • 「賀茂別雷神社」……上賀茂神社。世界遺産であり、本殿と権殿が国宝。その他重要文化財多数
  • 「賀茂御祖神社」……下鴨神社。本殿が国宝。その他重要文化財多数
  • 「知恩院」……三門と御影堂が国宝。その他重要文化財多数
  • 「東寺」……世界遺産。国宝25件・81点、重要文化財は52件・23,603点を保有
  • 「大徳寺」……玄関が国宝。その他重要文化財多数

上記の神社仏閣は、京都を訪れた際に、観光などで訪れたことがある人も多いのではないでしょうか。

さらには、以下のように、京都だけでなく奈良の文化財も撮影させていただいています。

  • 「唐招提寺」……国宝20点。その他重要文化財多数
  • 「法隆寺」……国宝40点以上、重要文化財多数
  • 「東大寺」……国宝30点以上。重要文化財も多数

そのほか、神社仏閣だけでなく「京都国立博物館」や「櫻谷文庫」「長楽館」などの近代建築や、「聖ハリストス教会」などのキリスト教建築も撮影させていただきました。

もちろん、依頼の内容によって撮影対象が変わるので、その寺社にある全ての文化財を撮影しているというわけではありません。

「国宝」をどうやって撮影しているのか

こういった文化財は、一般向けに公開されているものもあるのですが、非公開のものも多いです。そして、「非公開文化財特別公開」といった企画に使うパンフレット撮影では、当たり前ですが普段は見ることのできない非公開の文化財を撮影します。

特に仏像などを撮影する際には、御坊さまの付き添いのもと、自由に撮影させてもらっています。内陣(ないじん。本尊仏を安置している、もっとも重要な場所)には基本的には入らないようにしているのですが、小さな仏像の撮影や、必要な細かい理由が発生した場合には、入らせていただくこともあります。

こういった非公開の御堂では、当たり前ではありますが、参拝の方はいらっしゃらないため、じっくり時間をかけて撮影することができます。

一方で、外にある山門などの建築物を撮影する場合にはそうはいきません。どうしても参拝の方々や、通行人がいます。

その場合は、人がいなくなるまでひたすら待つか、シャッタースピードを遅くして写真から人を消す(動きのあるものは写らなくなるのを利用する)という方法で撮影しています。

テレビなどの撮影では、開門前の完全に人がいない時間帯に撮影したり、一時的に通行止めにしたりしているようですが、写真撮影だとそこまで大がかりにはできないため、このような方法を用いているのです。

いずれにしても、撮影するときには「久保田狐庵の画」を出さず、拝観するときの「空気感」を再現することを心がけています。そのため、光をなるべくいじらず、最低限の機材だけで撮るようにしています。

「国宝」を撮るにはどういう機材が必要なのか

Canon EOS 5D mark Ⅳとレンズ


京都や奈良といった有名な観光名所にある寺社だと、所有されている「文化財」の数は膨大です。これは、建築物だけではなく、仏像や絵画、お庭、道具、さらには踊りのような無形文化財も含まれているからです。

こういった文化財を撮影するのに必要な機材は、撮影対象によって異なります。ですが、共通して必要なことが2点あると思っています。

【1】現場の保全のために、重い機材は使わない

文化財を撮影するための場所そのものが重要文化財である、というケースがほとんどです。仏像(国宝)を撮るために機材を持ち込む御堂そのものも重要文化財である、というケースですね。

もちろん仏像をきれいに撮ることが一番の目的なのですが、そのために御堂を危険に晒してはなりません。

御堂の中は基本的に暗いことが多く、普通に撮影するなら三脚や、ストロボなどの照明器具を使いたくなります。

ですが、カメラ機材は得てして重いものが多いのです。軽い三脚やスタンドだと、カメラやストロボの重さに耐えられなくなり、シャッターを押す際に振動でブレてしまいます。さらには、安定性に欠けるため、倒れてしまう危険も高くなってしまうのです。

性能が良いものは重くて金属の塊なため、もし倒れてしまうと当然床や畳、倒れた場所によっては文化財に被害が出てしまいます。

機材は、そういったことを考えながら選ばなければなりません。

【2】文化財自体の保全を考え、影響の少ないライトを選ぶ

お庭や建築物の場合はあまり関係ないのですが、絵画はもちろんのこと、仏像にも色彩豊かなものが多く存在します。染料や顔料などが使用されているのですね。

この絵の具の劣化が、多くの文化財で見られるのです。

劣化の原因は多岐にわたっており、湿気や物理的な事故などによるものが圧倒的に多いです。そして、熱や光による劣化褪色(れっかたいしょく)も多いのです。

文化財を見るときに、薄暗いところだったり、(撮影できるものでも)フラッシュ禁止だったりするのは主に劣化を防ぐためですね。

昔から絵画の撮影には、ストロボの光は良くない、と言われてきました。ストロボではなく、レフランプといわれる定常光のライトを使う方がいいとされてきたのです。私も学生時代や20代のころは先輩方にそう教わってきました。

ただ、私も協力したのですが、母校の学生が実際に光の影響を受けやすいとされる植物染料を使った中性紙の染め紙にさまざまなライトを当てて影響を見るという実験を行ったところ、ストロボはもちろん、写真用レフランプでも変色・退色が見られるケースがありました。LEDライトですら、影響が出ることがあります。

では自然光、つまり太陽光はどうかというと、これも紫外線などが含まれているので良くないと言われています。

この劣化に対する研究は今でも数多く行われており、年月がたつごとに新しい答えが出てきています。ただ、当然ですが貴重なものですので、実際に光を当て続けて検査をしたり、破壊検査を行えるわけではないため、まだ文化財に対する明確な答えは出ていないように思えます。

これらを踏まえた私自身の結論としては、「光を当てることは何を使っても良いわけではない(何かしら影響が出てしまう)」です。

ただ、実際には全く光のない状況では撮影することができないので、なるべく少しの光だけで撮影できるように模索しております。

文化財を撮影するカメラマンが実際に使用している機材

以上のことを踏まえて、私が実際に使っている機材を紹介します。

さまざまなもので試行錯誤したり、文化財の撮影に適していると思ったものは何度も買い直したりしているうちに、文化財撮影関連だけで250〜300万円程度を使っております。

【1】カメラ

他のカメラもあるのですが、文化財を撮る際にはCanonの「EOS 5D Mark IV」をメインで使っています。基本的にデジタルカメラは新しいものであればあるほど、暗い場所でもノイズが出ないと考えて良いと思います。そのため、新しいものが出たら購入しています。

ちなみにCanonだとさらに上位機材で「EOS R5」があるのですが、ファインダー部分がデジタル仕様になっていて、どうも私はそれが苦手なので「EOS 5D Mark IV」を使っている次第です。Canonさん、光学ファインダーでも新機種をお願いします……。

レンズは主に「50mm F1.4」「24-105mm F4」「16-35mm F2.8」「TS90mm F2.8」の四本を被写体に応じて使い分けています。

【2】三脚

三脚は、足の部分と雲台部分で異なるメーカーのものを使っています。

足はHUSKY社の4段タイプ(約7万円)を選びました。これは昔からプロカメラマン御用達の三脚で、ネジの締め具合やエレベーターの微調節具合がとても優れていますし、重過ぎず軽過ぎずという絶妙な重さが文化財保護の観点にもぴったりです。

長年使い続けて手になじんでしまったので、当分の間は別のものには変えないと思います。

雲台はManfrotto社の「XPROギア雲台」を使っています。突起部分も少なく、コンパクトなので、狭い場所でも安心して使えます。

それに加えて、文化財がある御堂などは、古い建物ということもあって柱が歪んでいることもあるので、しっかり垂直水平にカメラを固定したい際にハンドル調整のものだと手間取ってしまいます。そのため、ギアで微調整できるものを選びました。

また、踊りや祭りなど、動きのあるものを撮影する際には別の三脚を使います。VANGUARD社の「Altra Pro263AGH」という、ピストルグリップ型です。

普通の三脚は縦横回転の3軸構造なのですが、この三脚はグリップ部分を握ることによって全ての軸が自由に動くため、自在に動く被写体を撮る際にとても重宝しています。

ただし、動かしやすい反面、軽く作られているので、固定して撮るには少し物足りません。したがって、状況に応じて使い分けています。

非常に気に入っているのですが使い方が悪いのか、定期的に修理買い換えを行っていて、今は4代目を使っています。

あと大事なのは、三脚にはかせるための家具用靴下です。

椅子や机にはかせるタイプのもので、これをつけることによって現場保全をしています。

破れても大丈夫なように、カメラバッグの中には、予備を含めて10枚以上は常に入れるようにしています。

【3】ライト

ライトは今も尚、模索中ではありますが、現在使っているのは「newmowa SL-192AI」です。色温度の調整・光量の調整が可能で、ほとんどの現場の光に合わせることができて重宝しています。

個人的な考えではありますが、どの御堂内部にどんな光源があるかを大事にしたいのです。ほとんど外の光が入らず、蝋燭(ろうそく)の光だけで内部を照らしているお堂もあれば、障子から差し込む太陽の光を利用したところもあります。

あくまで撮影する際はそちらの光をメインの光にして、それを補助する形でライトを使うので、調整ができることが非常に重要なのです。

心掛けているのは、ただ「文化財だけ」を撮るのではなく、「文化」を撮ること

鎌倉の覚園寺の薬師三尊。手前が日光菩薩、奥が薬師如来


京都や奈良の非公開文化財を撮影するとなると、建物も多いのですが「仏像」が圧倒的に多いです。皆さまの中にも、神社やお寺の建物を眺めるだけが「拝観」ではなく、仏像を見たり、本殿にお参りして初めて「拝観した」という実感がわくという人がいるのではないでしょうか。

つまり、「神社仏閣を拝観する」ということは、「仏像などを見る」ことと、近しい意味だと考えています。

そのため、仏像を撮ることは特に重要だと思い、しっかり仏さまを撮るために、まずは勉強を始めました。地域性や歴史など、さまざまなことが分かっていないと撮らなければならないエッセンスを見逃すと考えたのです。

例えば、江戸時代の商家や客商売の地域では現世利益のお薬師さまが多かったり、室町時代の武家屋敷周辺では戰勝祈願(せんしょうきがん)の明王さまが多かったりします。

面白いものでは、お公家の家の近くにはお不動さまが多かったりします。これは、平安時代には世継ぎに対して呪いをかけることが多く、その対魔祈願として不動明王さまに祈りを捧げるようになったからだと言われています。

なので、よくお見かけするお不動さまは歯を食いしばって厳しいお顔をされているのに、妙に優しいお顔のお不動さまがいらっしゃったり、なぜか安産祈願の仏さまになられている、なんてことがあるのです。これが私の思う、仏さまと地域の関係性なのです。

ここを間違うと、ただ「綺麗な」仏さまの写真にしかなりません。その仏さまが、どんな願いを受けてここにいらっしゃるのか。写真にできる限り再現するのが、私の仕事なのだと考えています。

こういうことを考えるようになったのは、この仕事を始めて間もない頃に京都の大原にある「寂光院」の撮影に行ったことがきっかけです。

旧御本尊である木造地蔵菩薩立像の撮影で、真正面の写真が欲しいという依頼でした。撮影しているときに、ふと横顔が気になり、少し時間をいただいて横顔の撮影もさせていただきました。

その写真を御坊さまに見ていただいたところ、「この仏さん、こんなお顔したはったんやなぁ」と喜んでくださったのです。

そのお言葉を聞いたときに、自分の中にあった何かがすっとハマった気がしました。非常におこがましい表現になりますが、自分の選んだ角度で仏さまの御心に触れられたのかも知れないと思ったのです。

それからは仏さまに相対したときに、どんなお顔をされているのだろう、どんな仏さまなんだろう、ということを考えるようになりました。

こうなると、もう勉強です。撮影前にはその地域にまつわる本を読んだり、展覧会に行くようにしたり、周囲を歩いて回ったりもするようになりました。

宗教関係や民俗学の本は、ちょっとお高いんですが、再販されることも少ないので、良いものに出会うとすぐ買うようになりました。展覧会も今回を見逃したら次はいつになるか分からないと思うと、少しばかり遠くても遠征して観に行っています。

また、近くの飲食店や、古そうなお店に寄って必ず食事もしています。こういったお店の入口や壁には、御札が貼ってあるんです。そういったものを見ながら、地域と神社仏閣のつながりを覚えていくようにしています。

こういった勉強に費やすのは月にいくら、と決めているわけではないのですが、重なるときには重なるため、月に5万円以上になることもあります。

コロナ禍がおさまったら訪れてほしい、京都のおすすめ国宝・文化財

なかなか御時世的に難しいかもしれませんが、落ち着いたらぜひ京都に訪れてほしいです。

春の桜と秋の紅葉は有名で見るところも多く、忙しいと思います。そこで、それ以外の季節に訪れていただきたい、撮影をしていく上でも個人的にとても気に入っている京都の文化財を紹介いたします。

【1】大徳寺

大徳寺は、夏に訪れるのがおすすめです。京都の夏はとても暑いことで有名ですが、背の高い木が多くあり、夏の日差しを弱めてとても気持ちよくなれる場所なんです。

少し疲れたらお隣にある今宮神社で炙り餅を食べるのもいいですね。

【2】賀茂御祖神社(下鴨神社)

通称「下鴨神社」と呼ばれる、京都でも有名な神社です。周囲には「糺の森(ただすのもり)」が広がっていて、冬の早朝に歩くととても気持ちがいいんです。

寒くても手をポケットから出して、ザクザクと砂利を踏みしめて本殿を目指して歩いていると、なんだか身が引き締まってきます。

早朝だと観光される方も少なく、近所の方が散歩したり、通勤に使ったりと、神社と地域の関連性が見えてくるようで楽しいですね。

【3】放生院

放生院は、京都の洛中からは少し離れた、宇治にあるお寺です。宇治橋の袂にあり、宇治橋と縁が深いので「橋寺」とも呼ばれています。

個人的な感想なのですが、こちらの御堂におられる地蔵菩薩立像は、これまで撮影してきた仏さまの中でもっとも綺麗でした。

普段は開放されていませんが、「行」などが無いときでしたら、見せていただけるかもしれません。

いつか「拝観」した気持ちになれる写真集を作りたい

東大寺 盧舎那仏坐像


私はもともと京都に生まれ、中学と高校時代を神奈川県鎌倉市で過ごしました。偶然ですが、両方とも文化財、特に「和」にちなんだ文化財が、生きてきた環境の中に当たり前のように点在していたのです。

幼少期に遊んでいた広場を大人になって訪ねてみると、まあまあ有名な文化財のお庭だったりするのは、京都あるあるです。幼少期の自分はよくぞまあこんなところでボール投げしていたな……と思うんですよ。

したがって、子供の頃は文化財に興味があったわけではなく、そこにあるのが当たり前という感覚でした。

その後、中学から5年間ほど鎌倉で過ごした際に、せっかく住むのだから鎌倉の街を知りたいと思い、よく散歩をするようになったのです。お寺や神社にもたくさん入りまして、これまで見てきたものとどこか違うな……と漠然と考えていました。

そして大学生になって京都に帰ってきたときに、「もしかしたら文化の違いなのかもしれない」ということに気づいたのです。これが「文化財の沼に片足を突っ込んだ」ということかもしれません。そのまま「古美術研究会」というサークルに所属することにしました。

サークルでは文化財についても学ぶし、さらには「春季非公開文化財特別公開」などのイベントの拝観案内もさせてもらいました。そのときのご縁で、文化財の撮影の仕事をさせていただいています。

鎌倉(高徳院)の大仏


そうして撮影を続けていて、前述の「寂光院」での撮影で仏さまの御心に触れられたのかもしれないと思ったとき、完全に沼にハマりました。文化財を撮ることを続けていきたい、と強く思うようになったのです。

将来的には、自分が撮った仏さまで写真集を作りたいと思っています。文化財は保護活動を行っているとはいえ、形あるものですからいつ見られなくなるか分かりません。残っていても、一般的に公開されなくなることもあると思います。

本来なら自分の目で見るのが一番だとは思いますが、それが難しくなったときのために、行ったときと同じような気持ちになれる写真集を作りたい。それが現在の目標です。

京都生まれ、京都と鎌倉育ちのカメラマン。幼少期より、父の仕事であったカメラに強い関心を持ち、京都造形芸術大学を卒業後プロカメラマンの道へ。趣味は飲み歩きと寺社の参拝。

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編集:はてな編集部