600万円かけて自室を「刀剣部屋」に。日本刀に魅了されて仕事を辞めた私が、“刀箱師”として展示ケースを作るようになるまで
“刀箱師”の中村圭佑といいます。日本刀を好きになったことがきっかけで、UFOキャッチャーを設計する仕事から日本刀の展示ケース(刀箱)を作る人へ転身しました。
「刀とくらす」をコンセプトに、絵を飾るように日本刀をインテリアとして生活に取り入れる活動をしています。ちなみに、刀箱師という言葉は私が作った造語です。
最近は博物館でも特別展が開かれるなど、日本刀がブームになっていますが、詳しくない人の中には「刀を持つことは違法じゃないの?」「本物の刀って売ってるの?」と、疑問に感じることもあると思います。
そこで私は、展示ケースを制作するだけでなく、
- 刀を知ってもらう
- 刀に触れてもらう
- 刀を手に入れてもらう
- 刀を飾ってもらう
- 刀を錆などから守る
- 多くの人に刀の魅力を感じてもらう機会を作る
といった、後世に刀を伝え、残していく、愛刀家を増やす活動にも力を入れています。
私も愛刀家の1人で、刀にのめり込んでいるうちに、気がつけば自室が日本刀を飾るのに特化した「刀剣部屋」になってしまいました。
今日は、私がなぜ日本刀に魅了されたかをお話しつつ、日本刀の魅力や、600万円以上かけて作った刀剣部屋をご紹介したいと思います。
小学生のときに短刀「村正」に触れて感動し、30歳になって再び沼へ。日本刀にハマったきっかけ
最初に刀に触れたのは、今から25年ほど前でしょうか。小学3年生くらいの頃にデパートの刀即売会で刀を初めて持たせてもらい、子供ながら刃物とは思えない美しさに感動した記憶があります。
今でもはっきり覚えています。黄緑色の拵え(こしらえ)に入った短刀「村正」でした。村正は徳川家康に仇(あだ)をなしたことから“妖刀”とも言われていますね。
その感動が忘れられず、高校生の時には「本物の刀が欲しい」と思い、「ビッターズ」というネットオークションサイトで10万円くらいの物を探したこともありましたが、結局買う勇気はありませんでした。
そこからしばらく刀のことは忘れていましたが、30歳で娘が生まれ育児休暇を取得。当時はやりたいことも特になく、仕事もそこそこ満足していましたが、「もっと心の底から熱中できる何かを見つけたい」とも思っていました。
そこでふと刀のことを思い出し、実物を手に持って見たいと思うように。ネットで刀を持てる場所を探していると、現代刀匠(とうしょう)の方が初心者向けに刀の鑑賞マナーやお手入れ方法を教えるイベントを発見。そこに参加し、刀の美しさにあらためて触れたのが沼入りのキッカケです。
日本刀の作者は歴史上数え切れないほどいますが、作者銘を見なくても、姿や刃文(はもん)、地鉄(じがね)を見ることで作者をある程度特定できます。
そのくらい刀には個々の特徴が色濃く出ていて見所も多く、その奥深さにハマりました。
- 村正……室町時代から江戸時代初期にかけて活躍した刀工一派。徳川家の死や負傷に関わった凶器に村正の日本刀が多かったことから、「妖刀村正」として恐れられていた。脇差や短刀が多い。
- 刀匠……刀を作った職人のこと。刀鍛冶(かたなかじ)や刀工とも言う。
- 作者銘……基本的に刀の柄(つか)に覆われた茎(なかご)に刻まれている、刀を作った刀匠の名前。
- 姿……刀の先端に当たる切先(きっさき)から茎までの間を指す。体配(たいはい)とも言う。
- 刃文……刀身の白い部分にできる波模様のこと。
- 地鉄……刀剣の刃文以外の部分を指す。
また、光に当てることで、ある角度からしか見えないようなさまざまな“刀の表情”が見えることがあります。例えば代表的なものが「映り」と呼ばれるもの。
この写真のように、刀の角度を少し変えるだけでこんなに見え方が変わるんですよ。面白くないですか? 刀は美術館などでガラス越しに見ても良さは30%くらいしか分からない、と言われますが、こういう光の当て方や角度によって見え方が全く違うから、というのが理由の一つです。
- 映り……刀に光を反射させることで見える、淡くて白い影のようなもの。
ほかにも、刀は表面に模様(地景)が出たりするものもあります。
刃文も刀によっては全然違うのですが、表面の模様も本当に刀によってさまざま。全然違う。こういうところをしばらく眺めていると日々の悩みごとを一時忘れて集中できるので、自然と心が落ち着くんです。
つい美しさのあまり忘れがちなんですが、日本刀は武器なんですよ。殺傷力のある武器を見ているのに心が落ち着くという正反対の感情に不思議さと魅力を感じました。
刀を見ていると、何百年という時を人から人へ受け継がれてきたという歴史が垣間見えるのも良いですね。
- 地景……地鉄に現れる模様のこと。木と同様、板目や杢目(もくめ)、柾目(まさめ)のようなさまざまな模様が現れるものがある。
鑑賞しているだけでは物足りず、ついに趣味が仕事へ。日本刀にハマってから現在に至るまでの物語
ここからは、私が日本刀にハマってから、専門店へ行って自分だけの日本刀を手に入れ、さらに熱中して日本刀を仕事にするまでに至った3年間を振り返りたいと思います。
自分だけの日本刀が欲しくなり、刀剣の専門店へ通う日々
今から3年前、先述した現代刀匠のお手入れ講座に参加後、自分の刀が欲しくなりました。
刀を手に入れる方法を調べると、「ネットで買う」「刀剣店で買う」「作ってもらう」という3つの選択肢があることを知ります。現代刀は講座で見せていただいたので、次は歴史を経た刀を見てみたくなったということもあり、まずは都内の刀剣店を周ることにしました。
ネットでの購入を避けたのは、刀には偽物がとても多いという情報を見たのと、実物と写真の見え方がかなり異なることから、購入後に好みと一致するか不安があったためです。
とはいえ、刀剣店と言っても未知の世界なわけですから勝手が分かりません。とりあえず都内の刀剣店を7~8店舗、片っ端から周ることに。上記の写真の通り、門構えがすごいですから最初は扉を開けるだけで相当勇気がいりました。だって30歳の若造が刀剣店に行ってもどうせ相手にされないだろうって、そう思うじゃないですか。
実際にそんなお店もあるにはあったのですが、考えとは裏腹に「見たい刀があれば言ってくださいね」などと優しく声をかけて下さるお店の方が圧倒的に多い。実際に行ってみてイメージが変わりましたね。
そして数カ月かけて、ようやく一振(ひとふり)目を購入しました。出会いは印象的なもので、お店でガラスから出していただいた刀の先に、ふと一振の刀が見え、なんとなく気になりました。手に取り拝見すると、飾られていたときとは全く違う見え方に心の奥底が沸き立つような、感動するような、そんな不思議な感覚を抱きました。
- 振……刀を数えるときに使用する単位。
その日はあまりの興奮でなかなか寝付けませんでした。後日、日をあらためて何度か刀剣店を訪れ、ちょうどお店で展示即売会が開かれていたこともあり、他の刀もたくさん見せていただくことに。
しかし、あの感動した以上の刀には出会えませんでした。そこから3日間は予定があり行けなかったのですが、その間に売れてしまわないか内心冷や冷やしていました。展示即売会は多くの人で賑わっていましたから。
その間、なんと3日間連続で夢に刀が出てきた時にさすがに驚きました(笑)。今思えば、自分で購入を決めたようでいて、実は刀に呼ばれていたのかもしれない。そう感じることが時々あります。
日本刀の購入は一期一会の出会いとも言われています。全てが1点物で、一度誰かの元に納まれば数十年出てこないこともザラにあるそうで。「この刀が欲しい!」と思ってすぐに買えればいいんですが、安い買い物ではないので大抵の人が購入時に悩みます。しかしいつまでも悩んでいると別の人がサッと買って行ってしまうことがある。時にはエイヤッと飛び込む勇気が必要になります。
この一振を手に入れるまでの葛藤は、私のnoteに詳しく書いているので、興味がある方はぜひご覧ください。
30歳♂が初めて刀を買うまでの体験記
ちなみに、誤解も多いのですが、刀は誰でも買えます。免許も不要です。というか、そもそもありません。所有者変更のはがきを教育委員会に出せば、それで手続きは終わり。そのはがきも刀剣店で買う場合は用意してくれます。
刀はその日に持って帰れますし、警察が定期的に確認しに来ることもありません。当然、日本刀を所有することも違法ではありません。
売買される刀には必ず「銃砲刀剣類登録証」が付いています。これを刀と共に所持していれば電車に乗ることだって可能です(※持ち出す正当な理由、および外から刀を運んでいると分からないようにする必要はあります)。
刀の所持にあたってはいまだに多くの人が誤解をしているのが現状です。
自室で日本刀を眺めて癒やしをもらう日々。美術館のように眺められる展示ケースが欲しくなる
念願の愛刀を手に入れてからは、仕事終わりに眺めるのが日課になりました。手に入れるまでいろいろな経験をしましたし、何しろ惚れ込んだ美しい刀が家にあるわけです。その刀を眺めていると、気が付いたら1時間くらい過ぎていたなんてこともよくあります。刀を見ていると不思議と疲れがとれていることに気が付いたのもこのあたりでした。
しかし、こんな生活を3カ月ほど続けた頃。本当に疲れているときは、刀を見る気力すら起きないことに気が付いたんですね。
刀を見るには場所を整えて、刀袋から鞘を出し、そして鞘を払う必要があります。見終わるまでに何かと10分くらいは費やしてしまうので、それを考えると体力が持たず寝ることを選んでしまう。刀を見れば癒しとなるものの、見るまでの過程で疲れてしまう。
美術館のようにいつでも眺められたら……と思うようになったのはこの頃です。部屋に綺麗にライティングされて飾ってあれば、疲れているときでも手軽に刀を鑑賞できますから。
そこで市販品を探すも、そんな都合の良い展示ケースは当時ありませんでした。また、部屋に飾れる日本刀の展示ケースを専門で作っている人なんて世界を探してもいなかったし、自分の趣味とも合う。これは熱中できそうだと思いました。
「無ければ作ろう」
もともとゼロからイチを生み出す仕事をしていたこともあって、今までの仕事のスキルで実現できそうだと思い、仕事の合間に構想を練りました。例えば美術館で使用されている展示ケースの構造や文化財の展示環境などを調べたり、できることから着手したり。しかし会社で働きながら子育てをして、その合間で展示ケースを作ることは現実的に難しい。
そこで思い切って、9年勤めた会社を辞める決意をしました。
周りからの反対はすごかったですが、唯一、妻だけは「やりたいことがあるならそっちをやった方がいい」と応援してくれました。子供も生まれたばかりでしたから、いろいろと不安も感じさせたかもしれません。それでも、好きなことに挑戦させてもらえる環境があって、私は本当に恵まれていたと思います。最高の妻を持ったなと思いました。
9年間勤めていた仕事を辞めて、日本刀の展示ケースを作る“刀箱師”に
実際にケースを作るに当たってひとつ問題がありました。私は設計はできても、物を加工することができません。つまり職人ではないのです。そのため、加工する職人さんの手を借りなければなりません。
加えて、職人さんに作りたいものを明確にイメージしてもらい、同じ方向を向いてもらう必要があります。違う方向を向いていると品質に影響してきます。
そこでもともと仕事でお付き合いのあった職人さんに「刀の展示ケースで世界一の物を作りたいから協力してほしい」とお願いしたところ、「ぜひ! 共に世界一の物を作りましょう」と全員が快く引き受けてくださった。唐突なお願いだったにもかかわらずです。
恐らく皆「刀の展示ケース?! え?」と驚いたと思います(笑)。でもあの時はとてもうれしかった。やはり1人ではできることには限界があります。今の時代、リアルな付き合いが希薄化しているとはよく言われますが、やはり物づくりにおいてはリアルな繋がりが大事です。
退職してからは、ライトを選定するためにいろいろなライトメーカーを周って実験、設計、製作を開始し、半年後に試作機が完成しました。
それが、この壁にかけているケースです。外装は金属板を曲げて黒く塗装して作っています。
光の強さをダイヤルで調整できるほか、刃文を見る用のライト(写真1枚目)と地鉄を見る用のライト(写真2枚目)を切り替えられるようにして、手に持たなくても刀のいろいろな表情を楽しめるケースにしました。
完成したときは、美術館や博物館のように飾られていて、かつ手軽に刀を見ることのできる「刀とくらす」生活がここまで良いものになるとは思いもせず、感動しました。
その後、さらに刀を美しく飾るために、漆に金箔をあしらった土台を備え付けるなど、改良を重ねました。刀は湿度に弱いので、調湿材を入れることで湿度の急変化を抑えるようにもしました。
やはり刀を守ってこその展示ケース。見た目だけを追求してもいけません。
その後、二振目の刀も買い、新たに展示ケースを作っているうちにだんだんと刀剣部屋が完成。今では刀に囲まれる生活を送っています。
ここに飾ってある刀の一振一振に、購入時の思い出があります。例えば、刀剣店で「刀を買いたいけど何も分からない」と伝えると、時代ごとにいろいろ出して特徴を教えてくれるわけです。刀については何も分からないわけですが、次々に見ていると不思議と好みが出てくるから不思議です。
ちなみに、刀剣部屋を作るに当たって掛かった費用ですが、具体的には以下の通りです。
- 設計ソフトの導入
- 展示ケースの製作費
- 照明類の設置
- ……合計で約400万円
これに加え、昨年作ってもらった太刀の約160万円、短刀の60万円を合わせて、部屋に掛かった総額という意味では600万円以上かけたことになりますね。心の支えに掛かった費用です……(苦笑)。
刀とは、心を強く保とうとする人の「支え」である。私が考える、日本刀の価値
今では使われることのない日本刀ですが、現代における日本刀の価値とは何なのだろうと考えるときがあります。
昔から戦では槍や弓、鉄砲、石が主に使われていたようで、刀は実はあまり使われていなかったようです。しかし、刀は武士の魂とも言われています。また武士の誇りであると共に、権威の象徴としても大切にされてきました。褒美として下賜(かし)された歴史もあります。
これは、日本刀が昔から実戦以外で役に立っていた、価値を見出されていたことに他なりません。言い換えれば、刀は武士の「心の支え」として役割を果たしていたのではないか。
私はそこが日本刀の本質的な価値だと考えています。もしかすると、昔の武士は戦の前に刃を見て心を落ち着けていたかもしれません。
今でも経営者や医師の方をはじめ、刀を見て心を落ち着けている人が、そして心が折れそうになったときに刀を見て心を強く保とうとしている人がいます。この心の支えとしての役割は、しっかりと現代に引き継がれていると思います。
私の場合も、疲れたときの夜中に部屋を真っ暗にして展示ケースのライトだけを点けると、まさにそういった刀の効果を充分に享受できます。刀が心の支えになっているのを感じますね。
刀の展示ケース作りを通して、これから実現したいこと
これから仕事を通して実現したいことは、刀の継承をスムーズにし、刀に興味を持つ人を増やすことです。
昔から拵えを部屋に飾る文化はありましたが、実は刀身を部屋に飾るという文化は今までありませんでした。刀身が鉄であることから、錆びの懸念と安全上の懸念が大きな理由です。そのため、普段はタンスにしまって、小さな子供が見ていないところでお手入れをする人が今も昔も多いです。
しかし、それでは現在の所有者が亡くなった際に、刀を引き継ぐ相手……例えば孫に「この刀は家宝だ」と言って渡しても、言われた側からしたら唐突過ぎて「怖いからいらない」と言うと思うんです。
刀は大切にする人がいないと錆びてしまう。錆びるとその錆びを取るために研がないといけない。研ぐと薄くなるので、繰り返せば文化財の破損に繋がります。
一方で、家に刀が飾ってあり日常的その刀を子供が見て育てば、この刀は家宝だと言葉で言わなくても子供は家宝と認識して大事にしていくのではないでしょうか。展示ケース作りを通して、部屋に刀を飾る文化を広めていきたいと思ったのには、こういった背景もあります。
現に我が家では3歳の娘が展示ケース越しに毎日刀を見ていますが、綺麗と言ったり、折り紙で刀を作ったりとすでに興味を持ち始めています。そういった環境をいろいろな家庭に作ることで、日本刀を一振でも多く後世に残していくことに繋げられればと考えています。
また、現状だと、日本刀を見ようと思ったら美術館・博物館に行く以外の選択肢しかほぼありません。それでは普段から美術館・博物館に行く人しか刀を見ないので、刀に興味を持つ人が減るのも必然です。家に刀を飾る人が増えれば、その家族や、家に招いた友人が刀の美しさに魅了され、興味を持つかもしれません。
ただし、そのためには「刀を美しく、安全に展示すること」が必須になってきます。やはり刀を怖いという人もいるので、ガラスを1枚かませるのは大事ですし、ライトの光を適切に当てて初めて刀は美術品としての力を発揮します。ただ刀を置いて飾っただけでは美しさは伝わりませんので誤解なきよう。
2つ目は、最初の継承の話にも共通してきますが、刀に興味を持つきっかけ作りを、展示ケース作りを通して実現していきたいですね。
私のお客様の中には、展示ケースに飾ることで、より愛刀が好きになったと言ってくださる方もいます。展示ケースがきっかけで愛刀の良さを再発見することに繋がるのもうれしく思いますね。
日本刀は今や幅広い世代、職業、または国を越えて楽しむ方が大勢います。そういった方々と共通の話題でお話できるのはとても楽しいです。
1987年12月22日生まれ。2010年(株)SEGA入社。UFOキャッチャーなどを含む10機種以上の設計開発を行う。プライズ機器の中長期戦略も担い、プライズ機器業界シェア1位奪還を経験。 その後育児休暇中に刀の魅力にどっぷりはまり、ついには刀を買う。刀の美しさに魅了され、刀を部屋に美術館のように飾って毎日眺めたいと思うも、そのような製品が世の中に存在しない事を知る。 2018年、それを実現する展示ケースの製作を決意。作るなら世界一の物を、と考え退職。同年、「刀箱師」として活動開始。㈱Circumo設立、同代表。 2020年、製作した展示ケースがOMOTENASHI Selection2020受賞。活動を通して「刀とくらす」という文化を浸透させるべく奮闘中。 メディア出演歴:フジテレビ「Mr.サンデー」、東京新聞、日刊ゲンダイ、東京人、monoマガジン、Lightning、男の隠れ家、Nile’s NILEほか
編集:はてな編集部