女性だと日本に2人だけ。日本茶鑑定士が語る、深くて楽しい「お茶」の世界
はじめまして。お茶屋の田村千夏と申します。
地方都市尼崎市にあるお茶屋「甘露園」の次女として生まれ、小学生の頃から両親の背中を見てお茶屋になると決めていました。
20代になってからは世相が変わり、お茶屋は先細りの商売と言われていましたが、それでも初心を忘れずに茶業に従事。以後はさまざまな壁にぶつかったり、お茶を広める道を模索したりしながら26年ほどたっております。
お茶を広めるためには、お茶のことを自分でもよく知らなければなりません。そこで、お茶に関する免許や資格を取得することにしました。現在保持しているのは「日本茶鑑定士」「茶審査技術六段」「日本茶インストラクターリーダー(兵庫県支部長)」「茶道裏千家専任講師」です。
さらに「茶カフェ&ダイニング桜里」を運営し、日々、さまざまな人にお茶の世界に興味をもってもらえるようチャレンジしています。また、実家である「甘露園」において、仕入れや商品開発をしております。
今回は、お茶の世界の深さを皆さまに味わってもらいつつ、お茶を楽しむ上でどこにお金を使っているのかをお話したいと思います。そして、全国で37人、女性はその中でも2人しかいない「日本茶鑑定士」にまつわるお話や、おいしいお茶の淹れ方などを紹介していきます。
高度な知識が要求される「茶審査技術」「日本茶鑑定士」という資格
先ほど挙げたお茶の資格の中でも、「茶審査技術六段」「日本茶鑑定士」は初めて聞く方が多いかもしれません。
「茶審査技術大会」という大会で、所定の成績を収めるといただけるのが茶審査技術の段位になります。この大会は「全国茶業連合青年団」が主催する、1956年から毎年開催されている歴史のある大会です。
大会はお茶の品種や産地、摘採時期を、外観もしくは内質によって識別する審査力を競い合う競技で構成されていて、お茶の品質を判定する技術向上を目的としています。
もう少し具体的に申しますと、お茶の葉をつかんで匂って産地を当てたり、お湯に浮かせた葉を網さじですくって香りと抽出液の水色で品種を当てたり、お茶の葉をつかんで匂うだけで仕上げ前の摘採時期を当てたりします。
さらには、それよりも困難とされている「飲み」の競技「茶歌舞伎」もあります。最初にお茶の葉を見せてはもらえるものの、飲むだけでお茶を当てるというのは実はかなり難度が高いです。
- 茶歌舞伎……名前を隠して、淹れたお茶の種類や産地を当てるというお茶の飲み当て遊び。別名「闘茶(とうちゃ)」とも呼ばれています
非常に高度なお茶の知識がなければ大会でいい成績を残せません。さらには、静寂の格闘技ともいえるお茶のこすれる音と、筆記具がはしる音しかしない会場内の独特の緊張感に勝たなければならないのです。いくら実力があっても「大会負け」をすることがあります。
この過酷な大会で規定の成績を収めると、初段から十段までの段位が与えられるのです。
一方の日本茶鑑定士は、茶審査技術とは全く別の資格になります。高い知識と経験を持っている人の中からさらに選別し、自らの役割だけでなく茶業界全体を活性化させ、より良い日本茶の普及を果たす「プロ中のプロ」を認定する資格なのです。
2007年に日本茶鑑定士協会が創設され、その際に茶審査技術の高段位取得者に案内がありました。応募した人の中から、審査で半分に絞られた40名が研修に参加。約2年半の研修を経て、最後に論文を書いて卒業した者だけが認定を受けることができます。
私はこの研修の中で、機械が苦手とする「渋味」と「苦味」に境界線を引くためのデータ作りに協力しました。また、全国の個店や百貨店などで売られている同単価のお茶40種を見比べたり、新品種のお披露目会なども行ったりしています。
現在は、日本茶鑑定士としてまとまって仕事や活動をしているというよりは、各地方に点在する日本茶鑑定士がそれぞれ茶業に携わりながら普及など個々の案件を対応しているといった状況です。
当たり前ではありますが、皆さまかなり優秀で、私にとっては質問したら何でも答えてくれる辞書のようなお友達がたくさんいる団体になります。
高級なお茶はどこまでも高い。 なぜここまで価格が高くなるのか
お茶の世界はハードルが高いとイメージしている人も多いかもしれません。ではどれくらい高いのか、気になりますよね。
まず、お茶そのものの値段が、高いものは本当に高価です。もちろん高いのにはきちんとした理由があります。
1.高いお茶には気候条件の良い場所が必要
お茶の品質は、生育地の気候条件に大きく影響を受けます。もともと亜熱帯性植物ということもあり、寒さにあまり強くないからです。気温だけで無く、台風、雹(ひょう)、晩霜(ばんそう)の常習地ではないことが必要です。日照についても重要で、茶畑といったら段々畑というイメージを持っている人もいるかもしれません。
また、昼と夜の気温差がはっきりしている方が、お茶の木が栄養を蓄えようとするので、良いお茶ができます。朝霧のたちこめるような場所が良いとされています。
2.高いお茶は土から違う
お茶も農作物であるため、「土」の影響を大きく受けます。水はけが良い土でなければなりません。さらには通気性も良く、保水性も兼ね備えている必要があります。
気候が最適な場所で、土壌造りに手間と暇と労力をかけて、最高の「土」を作っているのです。
3.用途に合わせた品種を植え付け、丁寧に世話をする
お茶は「チャノキ」の葉から作られています。この「チャノキ」にはたくさんの種類があるのです。有名なのは「やぶきた」でしょうか。他にも「おくみどり」や「べにふうき」「さえみどり」などがよく名前を聞くところかもしれません。
その地でできる、作る用途に合わせた品種を植え付けて、丁寧に世話をしていきます。
例えば、抹茶と煎茶では品種が異なります。抹茶は旨味を多く含む品種でなければなりません。さらに、抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)や玉露は新芽が出る前から葦簀(よしず)などで覆いをかぶせて光合成を遮断します。
お茶の旨味(テアニン)は根で作られ、葉に運ばれるのですが、日光に当たると渋味(カテキン)に変化します。そのため、光合成をさせなければ旨味が残り、渋味の少ないお茶になるのです。
茶農家の一番の敵が、3〜5月に降りる「遅霜(おそじも)」です。一番最初に摘まれるお茶を一番茶と言いますが、冬の間に蓄えた旨味がたっぷり詰まった一番茶がもっともおいしく、高級であるため、茶農家はこのために一年分の努力を費やしていると言っても過言ではないぐらい重要なものです。
それが遅霜の被害に遭うと新芽が凍傷害を起こして茶色になる、いわゆる「焼けたお茶」と呼ばれる状態になってしまい、高級茶にはならないのです。一年分の努力が水の泡になってしまうのですね。
そのために設置されるのが、背の高過ぎる扇風機「防霜ファン(ぼうそうファン)」です。もしかすると、新幹線の車窓などから見たことがあるという人も多いかもしれません。あれはお茶の木を扇風機で冷やしているのではなく、上空の暖かい空気を地面に送り込むことで地表面の温度を上げて、霜の被害を防ぐものなのです。
4.人の手で摘み、製茶する
高級茶の場合は、こうやって丁寧に育てられた茶の木の葉の一芯二葉(最も上部の芽と二枚の葉)だけを人の手で摘みます。機械で摘むと、どうしても硬い下の葉や茎が入ってしまったり、葉切れが起きてしまうからです。
そうやって摘んだ葉を、少しでも新鮮なうちに製茶を行います。単なる茶の木の葉を、人の手と努力で「緑茶」として加工するのですね。
この部分も人の手で行われるお茶があります。「手もみ茶」と言い、7時間以上かけて火を入れる(加熱する)工程と入れない工程を交互に複数回行い、人の手でもまれて仕上がるお茶です。
名人による手もみ茶は針のようにとがった艶のある、見た目にも美しい仕上がりです。工芸品のような手もみ茶は、全国の品評会で1kgあたり100万円以上で取引されています。もちろんこれは業者間取引価格のため、一般のお客様が買おうと思えばその何倍かになります。
それでも、名人が時間をかけて作るものですから、仕上がりは数百グラムしかなく、なかなか入手自体も困難なものになります。
このように、多くの人の手が膨大にかかっているお茶は、どんどん高価なものになってしまうのです。
もちろん家庭で楽しむのにこんな高価なお茶は必要ありません。昨今では機械摘み、機械揉みのものでもすばらしい品質のお茶がたくさんでています。まさに農家と製茶業に感謝、感謝です。
自宅でじっくり楽しむために必要なお茶の道具と、参考価格
家庭で普段使い用とは別の、本格的なお茶を楽しみたいのでしたらお茶の葉は100gあたり1,000円からのものを買うと良いでしょう。
本格的にお茶を淹れるなら、道具にも若干こだわりたいところです。こちらも天井知らずではありますが、家庭で使うなら急須は5,000円くらい、湯飲みは1,000円ほど、湯冷ましは2,500円ぐらいで良いと思います。さらに電子温度計とタイマーがあれば、水道水でも十分おいしく淹れることができます。
ちなみに私の場合は、家では7,000円ほどの急須を使っています。大量にお茶を飲むので、最近は湯呑みだけではなく、ガラスのマグカップやお気に入りの猫のマグカップに淹れて、毎日のように飲んでいます。もちろん、温度管理はしっかりと行っています。
抹茶を味わいたいときには、5,000円ほどのお茶碗があった方が良いです。あまり小さいと、中で点てることができません。
カフェオレボウルでも代用はできますが、やっぱり抹茶用の茶碗があった方が雰囲気が出ます。ちなみに抹茶の道具もお茶と同様天井知らずで、「〇代目楽吉左エ門」みたいな銘が入ったお茶碗となると3,000万円はくだらないとか、100万円ほどの茶杓(ちゃしゃく)も、割と存在するようです。
抹茶をかき混ぜる茶筅(ちゃせん)は、「百本立(穂先が百本あるもの)」のものを買いましょう。これはだいたい3,000円ぐらいで購入できます。そして抹茶をすくってお茶碗に入れるための茶杓(1,000円未満)もあれば、もう抹茶を点てられます。
20gあたり1,500円ぐらいの抹茶(これは申し訳ないですが、あまりに安過ぎると品質が心配なので、これぐらいの値段からと思ってください)があれば、特別なときに贅沢気分を味わっていただけます。
自宅でお茶を楽しむコツ
道具をそろえてお茶を楽しんでみようかなと思っている人に向けて、自宅でもできるお茶を淹れるコツを紹介したいと思います。上記で紹介したような道具がそろっていなくてもできる方法もあります。
お茶で大切なのは茶葉自身の才能とお湯の温度です。お茶は急須と湯冷ましで丁寧に淹れればいいのですが、ただそれだけだとお茶によってはもったいないことになることもあります。
例えば玉露や上煎茶の場合、お湯の温度が高過ぎると旨味よりも渋味や苦味が目立ってしまい、ポテンシャルを引き出せないもったいない状態になってしまいます。逆に、焙じ茶は温度が高い方が香りがよく出てきます。
1.玉露の場合
玉露は一般的に40〜60℃が最適とされています。高温であるほど苦渋味が出る、温度が低いほど旨味が出ると考えればいいでしょう。
いざ40〜60℃でお茶を淹れようとしても、最近ではティファールなどの湯沸かしが増えているので、100℃のお湯を冷ますのは少し面倒です。そういった場合は「氷」をうまく使いましょう。なお、この氷ですが、冷凍庫の匂いが移っているものは絶対に避けた方が良いです。お茶は匂いを吸収するという特性を持っているので、氷の匂いがお茶に移り、本来のお茶の風味とは違った味わいになることもあるからです。良いお茶を使うときには、氷も良いもの(コンビニエンスストア等で購入するので大丈夫です)を用意しましょう。
氷を湯冷ましに入れて温度を落とし、適温にするのが一番なのですが、面倒臭がりの方は急須に入れた茶葉の上に氷を入れ、氷をめがけてお湯を差す、というやり方もあります。これで一気に温度を下げて適温にすることができます
2.ほうじ茶の場合
ほうじ茶は香りを楽しむお茶です。そのため、お湯の温度が高い方が、より香りをはっきりと感じられるため、温度は高めにしましょう。できるだけ100℃のお湯で淹れるようにします。
3.ティーバッグでお茶を淹れる場合
茶葉を用意するだけでなく、ティーバッグで淹れることもあるでしょう。
昨今では、旨味の多いお茶のティーバッグもたくさん売られています。そういったお茶の場合は、玉露と同じように、温度が低めの方が旨味がしっかり出てきます。いわゆる普段使い用のものだと高い温度でもいいのですが、良い茶葉を用いているものは旨味を出した方が良いのですね。
そこで、まずはティーバッグが浸るくらいのお水を入れて、その上からお湯を差すようにしてみてください。このひと手間だけで、お味はぐんと良くなります。
どの淹れ方でも、急須にお湯を差したら、蓋をして1〜2分ほど待ってからお茶を注ぎます。
このとき、一気に全部を注いでしまおうとせず、傾けた急須をたびたび水平に戻しながら、少しずつ注いでいきましょう。複数の器に注ぐときは、一度に一つのお茶碗に注いでから次へというよりは、少しずつ複数の器に注いでいきます。
お茶は最後の一滴にもっとも味が凝縮されているので、一度水平に戻したり、注ぎ分けたりすることで攪拌(かくはん)され、味がのるようになるのです。ここで乱暴にすると、茶葉の表面の色、渋味、苦味ばかり出るとされています。
少しでも多くの人にお茶を飲んでもらえるよう、さまざまなアプローチにチャレンジ中
私がここまでお茶にはまるようになったのは、10代の頃に起きたとあることがきっかけかもしれません。
実家のお茶屋の支店で店番をしていたときに、見知らぬおじさんに「私はあなたたちよりお茶を知っている」と言われたのです。
一瞬腹も立ちましたが、同時に「あ。確かに」と思い、勉強欲がわいてきました。当時は特にお茶を勉強する場がなかったので、茶道の勉強から始めました。
そこから日本茶インストラクターの存在を知り猛勉強して合格。そこで知り合った、大阪支部の先輩でもある茶業青年団の方に入団を認めていただけたので、茶審査競技大会にも出るように。一時はスランプに陥ったものの、たくさんの学びがありました。
現在は、「根幹が揺らがなければ枝葉は思いっきり振る」をモットーに、お客さまの要望に寄り添いながら、少しでも多くの方にお茶を手にしてもらえるよう創意工夫したいと日々奮闘しています。
例えばダイエットをしている方もいると思います。私も更年期が気になる世代ですが、2021年に10kgのダイエットをいたしました。食事制限はとてもつらかったのですが、お腹が減って目が覚めたときに、ゆっくりと丁寧にお茶を淹れて飲みながら何を食べようか、何を食べたいか自問するようにしました。
すると、おいしいお茶が満足のツボを満たしたのか、あまり食べたいとは思わなくなり、結果として無駄な食べ物を摂取せず、ダイエットが成功しました。
もちろんこれが全ての方に当てはまるとは限りませんが、旨味は食事の満足度を上げるというのは動物実験等で実証されています。なので、ダイエットをしている方にこそ、本格的なお茶を楽しんでいただきたいと思っているのです。
また、普段からお茶を飲まない方のために、さまざまなアプローチからお茶を楽しんでいただくことも常に考え続けています。
抹茶ビールを提供したり、かわいいパッケージのものを用意したり、素材にこだわりまくったティーバッグを作ったり……。かわいくて買ったけど、飲んだらおいしくてはまった! と、新しくお茶を愛用していただける方を開拓しようと日々奮闘しています。
お茶の中に含まれているカテキンは殺菌作用と免疫力向上の効果があると言われています(特保に指定されているペットボトルのお茶もありますよね)。また、熱に強いビタミンCや、フッ素にフラボノイド、抹茶になると食物繊維やベータカロチンのように、さまざまな栄養を豊富に含んでいます。
ぜひ、お茶を気軽に飲んで、そしてときには本格的なお茶を淹れて、贅沢な時間を過ごしていただけたらと思います。
日本茶鑑定士、茶審査技術六段、日本茶インストラクターリーダー、茶道裏千家専任講師。お茶とバイクと旧車にひたって20余年。
編集:はてな編集部