「イカ」に魅了され、海へ釣りに行くまでハマってしまった8年間を振り返る
イカにハマって約8年。佐野まいけると申します。
「私、イカが好きなんです」と話すと、「分かります、イカっておいしいですよね!」と返されることが多い。そう、おいしいには変わりないのだが、ちょっと違う。私が言う「イカが好き」は、食に限った話ではない。多くの方が犬や猫を愛でるのと同じように、いや、それ以上にイカを求め、愛しているのだ。
こう話すと、大抵の人はけげんな顔をする。イカなんてただの食べ物じゃないか。そんな心の声が聞こえてきそうだ。しかし、侮るなかれ。なかなかどうして、イカは魅力的で奥深い生き物なのである。
この記事では、私がここまでイカにのめり込んでしまった経緯を、イカの魅力を交えながらご紹介できればと思う。読み終わった頃には、きっとあなたもイカに興味が湧いているはずだ。
泳ぐ姿はまるでバレリーナ イカとの“電撃的”な出会い
イカの魅力にハマるまで、私はイカのイの字も頭に無い、平穏な暮らしを送っていた。
そんな私がイカに目覚めたのは、2010年に葛西臨海水族園を訪れたときのこと。水族館デートの最中、ふと見かけた水槽を泳ぐアオリイカに、私の目はくぎ付けになってしまった。
透けた体に、輝く瞳。薄暗い水槽の中、小さな色の粒を明滅させながら右へ左へと群れをなして泳ぐ姿は、まるでイルミネーション。足はバレリーナのような動きで優雅に広がり、背中の模様は星のようにまたたいて目まぐるしく色を変えていく。私の知っているイカとは、全てが違っていた。
イカってこんなに美しいものだったのか!私の中で、イカが「食べ物」から「生き物」に変わった瞬間だった。
一目でイカのとりこになった私は、デートを放り出して水槽に全神経を集中。デートの相手は先に帰ってしまった。そこまでのめり込んでしまうほど、イカとの出会いは私の心に充実感をもたらしたのだった。
イカとの“電撃的”な出会いから数カ月。YouTubeでイカの動画を見続けて心を満たしていたものの、どうもそれだけでは物足りない。
「もう一度イカに会いたい!」
そんな思いを叶えるため、私は再び水族館へ足を運んだ。そこで、イカにはさまざまな種類があり、同じ種類でも日によって違った表情を見せてくれるということを知った。
目にも止まらぬ速さで餌のエビを捕食するイカ、求愛・威嚇で激しく体色を変えるイカ、近くの岩に溶け込むよう擬態するイカ……。飽きるどころかますますイカに引き込まれて、幾度も水族館を訪れた。
何度も行き始めると馬鹿にならないのが「お金」だ。水族館の入館料は大体2,000~2,500円と映画1本分より高いけれど、複数通いたい人に向けた年間パスポートが用意されていることも多い。それを手に入れれば行き放題になるし、開館から閉館までずっといたっていい。むしろお得と言えよう。
私のいつもの楽しみ方は、まず入館して最初にイカ水槽へ直行し、大好きなイカをしばらく観察。その後、他の水槽を見て回り、再びイカ水槽へ戻るという流れが基本になっている。そうすることで、時間が経過するたびに変化していくイカの状態を観察できるのだ。
どこかの水族館でイカの水槽前から動かない人を見掛けたら、それは私かもしれない。どうか優しく見守ってほしい。
そもそも、イカとは何なのか? 生態について学ぶ
こうして繰り返しイカに会いに行くようになった私だが、逢瀬を重ねるごとに浮き彫りになってきたのは、己のイカに対する無知っぷりだった。どんな生き物? 何を食べているんだろう? 普段食べているイカとは随分と見た目が違うイカもいるけれど、彼らは一体何なのか?
そこで、イカに関する書籍を買いあさり、勉強を開始。興味深いイカのアレコレを学ぶことにした。
まず、イカと一口に言っても、450ほどの種類がある。そして、彼らを大きく分けると「ツツイカ」の仲間と「コウイカ」の仲間に分けられる(正確にはもう少し分類があるが、今回は割愛)。
スーパーでおなじみのスルメイカは、ツツイカの仲間だ。一般的に「イカ」と聞いてイメージするのはこちらの形だろう。体が細長く、泳ぐのが得意だ。
対して、コウイカの仲間はずんぐりむっくりした形をしており、海底付近に住んでいる。江戸前寿司の定番ネタであるスミイカは、こちらの仲間である。
水族館で見たさまざまなイカを思い出しながら「あれはコウイカの仲間だったのか」などと答え合わせをするのも楽しい。イカなんてどれも同じだと思っていたのに、知識をつけてから観察するとまた違った喜びがある。
生き物全体で見ると、イカは軟体動物門という仲間の一員である。同じ仲間には、固い殻を持つアサリやサザエなどの貝類がいる。なんと、イカは貝から進化した生き物だったのだ!
イカが貝の仲間である証拠に、彼らの体内には甲(もしくは軟甲)と呼ばれる貝殻の名残りが格納されている。
身を守っていた貝殻を体内にしまい込み、防御力と引き換えに高い遊泳力を手に入れたイカ。プランクトンなどを食べている貝類とは違い、小魚やエビなどを素早い動きで捕えるハンターだ。守りから攻めに転じたそのアグレッシブな生き方に、グッときてしまう。
さらにイカの体の構造をよく見てみると、ちょっと変わった点がある。
ヒレがついている部分は、イカの「頭」ではない。実はここが「胴」で、中には甲や内臓が詰まっている。よく輪切りにしてイカリングにする部分だ。では頭はどこかというと、目がある部分だ。そして、その頭から直に10本の「足」が出ている。そう、頭から足が生えているのだ。
口は足の中央にあるので、そこから食べた物は頭の真ん中を通って胃腸へ向かう。なんとも奇妙な生き物ではないか。
この他にも、イカの不思議で面白い特徴はたくさんある。色素胞という色の粒が入った細胞の伸縮によって体の色や模様を自在に変えられること、イカ全体の約半分の種は光るということ。そして、体のサイズに比べて大きな目と脳、3つもある心臓、1年しかない寿命、足を使った交接(交尾)……。イカは美しいだけでなく、学びがいのある奥深い生き物でもあるのだ。
イカを知るために購入した書籍は、10冊以上。約3万円程度の出費になったが、専門家が長年かけて撮影した写真、研究した成果をこの値段で得ることができるなら、お安いものだ。
特にお世話になったのは、2009年に新装版として発売された『イカはしゃべるし、空も飛ぶ』(講談社)である。イカの構造や生態、日本人とイカの関係だけでなく、漁業資源としてのイカについてまで、素人でも面白く読めるよう工夫がされていた。イカの全体像を掴むにはうってつけの1冊だ。
活イカ姿造りを食べて、その美しさと味にびっくり
こうしてイカの生態を学んだ私が次に知ることになったのは、イカの“本当のおいしさ”である。
正直、最初は食べ物として好きな方ではなかったイカ。子供の頃に食べた生臭い寿司の印象が強く、生食はちょっと苦手だった。姿は好きなのに味は苦手、という心の不整合をどうにかしたくて調べてみると、新鮮なままで提供される「活イカ姿造り」という食べ方にたどり着いた。いかにもおいしそうだ。イカだけに。
早速、活イカが食べられる店へ。注文すると、目の前でいけすから生きたイカが引き上げられ、あっという間にさばかれて出てきた。ほんの数分の早業である。
卓に置かれたイカの足は、まだうねうねと動いている。これ以上の“新鮮”があるだろうか!
水晶のように透き通った身を口へ運べば、品の良い甘味が広がる。生臭さなどまるでない。これがイカ本来のポテンシャルだったのか。好きな食べ物ランキング上位に、いきなりイカがランクイン。こんなにおいしい食べ方があるなら早く知りたかった。
活イカの相場は、種類や大きさによって異なるものの、およそ2,000~5,000円。これだけでは満腹にならないことを考えるとやや高めだが、ご褒美としてたまに食べるには許される範囲だと思っている。イカの種類によって味の違いも楽しめるので、ぜひ一度お試しいただきたい。
ちなみに、イカはタンパク質が多く、脂質が少ないヘルシー食材。仮にたくさん食べたとしても安心である。
集めだすと止まらなくなる、恐ろしいイカグッズ沼
これだけイカ熱が燃え上がってくると、周りからどんどんイカ情報が入ってくるようになる。ありがたいことである。その情報の中でもとりわけ多いのが、イカグッズに関するものだ。
実は、イカグッズの種類はそこそこ多い。箸置きやお皿などの食器系から、日本各地のイカをモチーフにしたご当地キャラクター系グッズ、釣り人に向けたイカグッズ(「イカ爆釣!」などと書かれたステッカーやTシャツがある)、水族館系イカグッズ、海外のちょい悪系なイカグッズなどなど、多種多様である。
見つけるとついつい欲しくなってしまうが、全てに手を出すとキリがない。なので、私はイカに焦点を当てている作家さんの手作り作品を厳選して集めるようにしている。
生き物系を専門とする作家さんの作品は、作家自身の個性を表現しながらも、イカ本来のリアルさや美しさを損なわないよう意匠が凝らしてあるものが多い。持っているだけでうっとりしてしまう。
最も注目しているのは、毎日イカのことを考え、食べ、イカだけを描いているという筋金入りのイカ画家・宮内裕賀さんの作品。イカのあらゆる良さを独特の画風で表現されており、作品を見ていると胸が高鳴る。宮内さんの絵はオーダーメイドが可能なので、先日、私の好きな「歩道橋」と「イカ」を組み合わせた絵をリクエストしたばかりだ。これまでは既成品を買っていたので、これが初めてのオーダーメイドになる。今から完成が楽しみだ。
絵画作品も含めて、私がこれまでイカグッズに使ったお金は13万円程度。決して安い金額ではないが、作家さんに今後も素晴らしいイカ作品を生み出し続けてもらうために必要な投資だと思うことにしている。
生きているイカと直接触れ合いたくて、釣りへ
水族館でイカと会い、家ではイカグッズと書籍に囲まれているのに、まだ心のどこかでイカに飢えている自分がいる。
生きているイカと“直接”触れ合いたい。
水族館ではかなり近くまでイカに接近できるものの、アクリルガラスの壁は越えられない。スーパーで売っているイカは直接触れるが、死んでいる。
となれば、もう海まで会いに行くしかない。どうしたものかと悩んでいると、釣り好きの先輩が「イカ釣りはどう?」と教えてくれたのだ。
私は“海なし県”育ちで、釣りや海にほぼ縁のない生活を送ってきたため、海釣りはなかなかハードルが高かったが、これもイカに会うため! と一念発起。イカ釣りはやや難易度が高いので、まずは初心者向けの魚を釣るところから訓練を始め、満を持して本番を迎えた。
初めてイカを自分で釣りあげたときの興奮と喜びは、今でも忘れられない。イカが針にかかった時のズシンッとした重み、糸を巻き上げる緊張感。期待で胸がはちきれそうになる。水面にイカが現れたとき、興奮は最高潮!
生きたイカが、今ここに、私と同じ空間にいる! 遮るものは何もない。しかもそれは、自分の力で釣り上げたイカ。走り出したいくらいうれしくなる。スミを吐かれることもあるが、それさえもご褒美だ。
それからは、すっかりイカ釣りにハマってしまった。腕前はまだまだ初心者の域を出ないが、ビギナーズラックでたくさん釣って、たまたま船に乗り合わせていた新聞記者から取材を受けたこともある。
ついさっきまで海で泳いでいたイカの輝きは、本当に特別なものだ。万華鏡のように変わる体色、力強い足の感触、こちらを見つめ返すかのような表情のある瞳。釣りに行けば、それらを全て自分の目で観察できる。
イカは目が良くて賢い生き物なので、釣りの駆け引き相手としても不足ない。イカの気持ちを想像しながら、竿をクイッと上げる「シャクリ」と呼ばれる動作でイカを誘う。自分でも納得のいくシャクリができた後にイカが引っかかると、イカと対等に渡り合えたようで気分がいい。
船釣りの場合、道具などの費用を除けば、1回約8時間で1万円程度かかる(女性・子供は割引されることも多い)。だが、それだけ払えばイカと直接会えるのだ! 釣れないときもあるが。
もちろん、釣れたイカはお土産に。自宅でじっくりとイカの体構造を観察した後は、料理しておいしくいただく。魚と違ってウロコがないので、さばきやすい上に、冷凍しても食味が劣化しづらいという良さもある。たくさん釣れても安心だ。
最近は、ただ釣るだけでは物足りなくなってきたので、日本で釣れそう(捕れそう)なイカを25種類ピックアップして自分の手で捕獲する! という目標を立てた。その名も「イカ釣りチャレンジ」。どのイカにも直接会ってみたい。図鑑やネットで見たことがあっても、ナマの体験には敵わないと釣りで実感したからこその目標だ。
2018年12月現在の達成度は25種類中2種類とゴールは遠いが、日本各地のまだ見ぬイカと出会うのが楽しみでならない。
イカを愛する人々の集い、イカパーティーで広がるイカ好きの輪
このように、それなりに楽しいイカライフを送っていた私だったが、2018年はそれをさらに充実させる出来事があった。イカパーティーへの参加である。
イカパーティーとは、イカにまつわるさまざまな人が集まる会。第1回に誘われたときは、一体どんな会になるのか? 果たして成立するんだろうか? 楽しいんだろうか? と不安だったが、実際に参加してみると、これがもう大盛り上がり。あまりの盛況ぶりに、すぐさま第2回が企画されたほどだ。
そんなイカパーティーの様子を、皆さんにも少しだけご紹介しよう。
まずは、イカ料理店にて自己紹介をしながら、イカ尽くしコースを堪能する。参加者は、イカが単に好きな方からイカの研究をしている方まで幅広い。このパーティーがなければ、お互いの人生が交わることはなかったであろうと感じる顔ぶれだ。初めましての方とどれだけ打ち解けられるか心配だったが、私たちには「イカは素敵だ」という共通認識があるので、驚くほど話が弾む!
また、お店の特別な計らいで、アオリイカを解剖させてもらった。生きたアオリイカの搬入の見学から解剖まで体験させてもらい、イカファンたちは大興奮! お店の方は、その興奮っぷりに若干引いていた。エラ、肝臓、墨袋、など部位別に分けられたアオリイカをじっくり観察する。その後、お造りとしておいしくいただいた。
イカパーティーでは、これぞというイカグッズを身に着けてくる方も多い。他の人が持っていない貴重なイカグッズなどを持っていると一目置かれる。ちょっとしたライバル意識も芽生えたりして、そこがまた楽しい。
最後はみんなで水族館へ。この日はちょうどアオリイカが展示されていた。思い思いにイカを眺める静かな時間。イカはいつ見てもいいが、イカを愛する仲間と一緒に眺めるイカは格別である。
締めくくりにミュージアムショップでイカグッズを購入したら、イカパーティーは終了。
イカ好きというのは、得てして奇異な目で見られがちである。それでもいい、自分だけが好きでいればいいんだと思っていたけれど、いざイカへの愛を人と共有してみると、それは心の渇きが癒されるような幸せな体験だったのだ。自分にはない専門的知識や、イベント情報などを入手できるのもうれしい。
次回は、イカの水揚げで有名な土地での開催も検討されているとか。もちろん、私は万難を排して臨むつもりである。
身近で不思議なイカに、ぜひ目を向けてほしい
最後に、イカに興味が湧いてきたという人に向けて、おすすめのイカスポットをまとめた。ぜひ参考にしてほしい。
イカに出会える水族館
手っ取り早く生きたイカを見てみたい! という人は水族館へ。
注意点として、イカは行けばいつでも見られるとは限らない。長期飼育が難しい上に、そもそも寿命が1年程度しかないので、季節の特別展示としている水族館も多い。そんな中でも、ここでは比較的イカに出会える確率が高い関東の水族館をピックアップした。
サンシャイン水族館(東京都豊島区)
「海の忍者」コーナーにイカの常設展示水槽が3つもある、イカ好き御用達の水族館。アオリイカ、ヒメコウイカ、コブシメなどを展示していることが多い。
サンシャイン水族館 | トップページ
新江ノ島水族館(神奈川県藤沢市)
旬の水槽コーナーで、カミナリイカ、コウイカなどを展示している。メタリックな体色を激しく変化させるカミナリイカの交接は見もの。
新江ノ島水族館
葛西臨海水族園(東京都江戸川区)
こちらも季節展示。世界最小のイカと呼ばれるヒメイカを展示していたことでも有名。
葛西臨海水族園公式サイト - 東京ズーネット
活イカを食べられるお店
まずは食からイカを知りたい、という食いしん坊な人にはこちら。活イカが食べられるお店はたくさんあるが、見えるところにいけすがあってテンションが上がるお店をチョイスしてみた。
イカセンター新宿総本店(東京都新宿区)
活イカと言えばこちらのお店。コンピューターで水質を管理する「特注イカトラック」で、毎朝新鮮な活イカを仕入れている。新宿以外にも首都圏各地に店舗があるので、ぜひ近くのお店を調べてみてほしい。
イカセンター
いか食堂(大阪府堺市)
大阪の鳳駅にある「いか食堂」は、第2回イカパーティーでお世話になったお店。特大のいけすがいくつも店内にあり、イカ以外にも新鮮なお魚をリーズナブルに堪能することができる。
いか食堂 - 鳳/定食・食堂 [食べログ]
さて、イカについて筆が進むままに書き連ねてしまったが、皆さま最後までついて来られただろうか。食材としては身近なイカだが、その生き物としての素顔はまだまだ一般には知られていないことが多いように思う。私はこれから、そんなイカの素晴らしさについて伝えていく「イカ・エバンジェリスト」として活動していければと考えている。
この文章を読んで、少しでもイカに興味が湧いた方がいたら、イカ・エバンジェリストとしてはこの上ない喜びである。
イカを好きになって8年。水族館でのイカの観察とイカ釣りをメインに、さまざまなイカ活動をしている。近々、イカ専門の同人誌を出す予定。他に、歩道橋を眺める、家庭用製麺機で自作ラーメンを作る、などの趣味がある。