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5,000円で買った1台の「家庭用製麺機」をきっかけに、仕事も人間関係も広がった話

5,000円で買った1台の「家庭用製麺機」をきっかけに、仕事も人間関係も広がった話

「家庭用製麺機」という名前の、ちょっとレトロな手回し式機械をご存じだろうか。その名の通り、家庭用の製麺機なのである。

その存在自体は昭和初期から確認されているが、一気に普及したのは戦後の話。終戦によって軍事需要がなくなった金属加工業者が、米よりはまだ小麦粉が手に入りやすかった食糧事情を背景に、家庭で簡単に麺が打てる機械を製造していたのだ。

これが家庭用製麺機という道具(撮影:オカダタカオ)


最盛期には生産していた会社が何十社とあり(鋳物工場が多かった埼玉県川口市、戸田市に多かった)、製麺機は社名を入れて「〇〇式製麺機」(例:小野機械製造所だったら小野式製麺機)という名前で呼ばれた。

それらは群馬や栃木といった北関東、あるいは山梨や長野方面など、自家製麺食文化のある地域で主に販売され、小麦や蕎麦を育てる農家の主婦を中心に使われていた。イタリアの家庭にパスタマシンがあるように(どれくらい普及しているのか知らないが)、群馬県だったら「おっきりこみ」、山梨県だったら「ほうとう」を作るための製麺機がかなりの割合で存在したのである。

山梨の家庭で60年以上も使われていた現役の製麺機(右)と、同じメーカーの最終モデル(左)


その後、うどんやそばがどこでも安く手に入る状況となると、親から子へ麺打ちという食文化のバトンが渡されることも減り、家庭用製麺機の需要もなくなったため、当時のままの製麺機を生産している会社は私の知る限りゼロとなった。

ただ、その機械が普及していた地域では、多くの人が祖父母や両親と一緒にハンドルを回した思い出を持っており、今も現役で使っている家庭がわずかだが残っているのだ。

このような知られざる製麺機の文化史をされても、多くの人にはパラレルワールドの空想くらい現実味のない話に聞こえるかもしれない。私も製麺機のない家庭で育ったので、世の中にそんな道具が実在するなんて全く知らない側の人間だった。

それがある偶然をきっかけに、今やちょっと早口で熱く語り出す側へと転変した経緯を語らせていただきたい。

ハンドルを回して感動。家庭用製麺機との出会い

2011年の夏、学生時代を過ごした山形に住む友人が、広い古民家を貸し切っての泊まりがけ飲み会を企画した。そりゃ絶対面白いはずだと私も埼玉からはるばる参戦し、そこの敷地内にある卓球場や露天風呂で散々遊び、肉や魚を炭火で焼き、明るいうちからビールや地酒をいただいた。

そんな極楽浄土の会に少し遅れてきたのが、前に何度かお会いしたことのある石井さんという人だ。彼は乾杯もそこそこに台所へ大きな鍋を運び込み、たくさんの骨のようなものを煮込み始めた。なんでも朝食用のラーメンを作ってくれるらしい。インスタントなどの既製品ではなく、スープからラーメンを手作りする人なんて初めてみた。

左が私の運命を変えた石井さん。本職のラーメン屋ではない


そして翌朝、さらに私は驚かされた。なんと石井さんは早朝から小麦粉をこねていたのだ。まさかの麺から手作り。この人は何者なのだろうと遠巻きに見守っていると、なにやらミシンほどの大きさをした、見たことのない無骨な道具を取り出したのだ。

そのハンドルをクルクルと回してあっという間に生地を薄く伸ばすと、今度はシュレッダーのように裁断をして、見事な細麺を作り上げた。これに、私の心はラーメンを食べる前から鷲掴みされたのである。

この機械は何かと聞けば、家庭用の製麺機だという。メーカーは小野機械製造所なので小野式製麺機だと教えてくれた。製麺機に業務用じゃなくて家庭用があったのか。随分前に生産が終了している道具だそうで、ようやく在庫が見つかった長野から取り寄せた貴重な1台とのこと。

生地を伸ばして裁断するという機能自体は、銀色に輝くイタリアのパスタマシンと同じだが、鉄の塊ともいえる頼りがいのある重量感は全くの別物。洋服と和服、西洋の剣と日本の刀、クラシックギターと三味線くらいに別ジャンルだといえば、そのニュアンスは伝わるだろうか。

夢中でハンドルを回す私


もちろん私もハンドルを回させてもらったのだが、水分が少ない硬い生地をグイグイと押し込む力強さが素晴らしい。こんな機械が世の中にあったのか。

石井さん謹製の冷やしつけラーメン


そして石井さんのラーメンがまたおいしかった。打ちたての麺を水で冷やし(本当は生地を寝かした方がうまいそうだが)、親鶏のガラからとった醤油味のスープでいただくつけ麺は、二日酔いの朝食に最高。本当は飲み会の締めに作る予定が、来るのが遅れたので朝になっただけらしいが。

5,000円で、最初の家庭用製麺機を手に入れた

こういうのを一目惚れというのだろう。帰宅すると、早速ネットオークションに「製麺機」と打ち込み、手頃なものが出ていないかと物色した。すると5,000円という価格で石井さんが使っているのと同じタイプ(後から、麺を切る刃の種類が違うと判明)が出品されていた。

写真をみるとかなり汚いようだが、電気を使う道具ではないから物理的に壊れてさえいなければ大丈夫という石井さんのアドバイスもあり入札。もう今すぐにでも欲しいので、良いものが出るのを気長に待つという選択肢はない。

当時は製麺機の相場観が全く分からなかったので、いくらで落札できるか不安だったが、私以外の入札はなく、そのまま5,000円で手に入った。

出品者の住所が自分と同じ埼玉県内だったこともあり、送料の問題ではなく、持ち主から直接受け取りたいという気持ちから、わざわざ車で受け取りにいった。興奮していて顔はあまり覚えていないが、持ち主は田舎の一軒屋に住むおじいさんだった。

手に入れたちょっと汚い製麺機


受け取ったその製麺機は、明らかに何年も使われていないであろう状態で、全体に埃をかぶり、ギアは黒い油で固着していた。気持ちが急いでポンコツを掴んでしまったかもと焦る。

このままではどうにもならないので、外せるパーツは全部外して、実は心優しいヤンキーが雨に濡れる捨て犬を拾ったイメージで時間をかけて丁寧に磨いた。

自分で磨くことで愛着もアップした


この頃は整備に関する知識がなかったので、本体をひっくり返して丸ごとバケツに突っ込むなど、今にして思えば随分と乱暴で問題の多いレストア作業だったが、どうにか料理に使っても心理的に問題ないかなと思える状態へ復活させることに成功。部品の破損や欠品のない、磨けば光るシンデレラのような製麺機だったのだ。

家庭用製麺機で初めてのラーメン作り。“うま過ぎて焦る”ほどの味

もともとはうどんやそばを作る機械だが、やっぱりラーメンが作りたい。そこで石井さんから生地の作り方を聞き、ラーメン屋を食べ歩いて味の理想を固めていくことにした。また、中華麺に必須だというアルカリ塩水溶液「かんすい」も探しまわった。これを小麦粉に混ぜることで、柔らかさや弾力性が出るらしい。

ちなみに私はラーメンに対して、全くの平熱人間だった。もちろん嫌いではないが、人気店に並んでまで食べるほど強い興味はない。なぜラーメンを作ろうと思ったかというと、うまいラーメンが食べたいのではなく、このかっこいい私の製麺機を上手に使ってあげたいという気持ちから生まれる情熱が、ラーメンに向けられただけなのだ。

まずは手打ちで何度か作ったことのあるうどんで、製麺機の使い方を確認してみることにした。あえて強力粉だけで生地を作ったので(普通は中力粉)、水で締めると笑ってしまうくらいアゴが疲れる硬さに仕上がったが、今後の活躍を約束してくれる出来栄えだ。

続いては本命のラーメン。鶏ガラや豚骨にカツオ節、そこに香味野菜などをたっぷりと加え、圧力鍋でじっくりと煮込む。自分がイメージするスープを作るために、食材を選んで組み合わせる作業は、麺作りとはまた違った楽しさがある。ラーメン作り、おもしろいかも。

見た目は微妙だが、味はうまいはず


こうして出来上がった初ラーメンは、素人が一から作ったとは思えない最高の出来栄えだった。今にして思えばビギナーズラック、そして自分が作ったという贔屓もあったのだろうが、うま過ぎて焦るほどだ。1杯当たりの原価が1,000円くらいになってしまったので、そりゃ贅沢な味で当然なのだが。

開店祝いだと友人が提灯を持ってきてくれた。開店はしていないけど


誰かに食べさせたいという気持ちが一気に高まり、すぐに友人を呼びよせて披露もした。私の作ったラーメンを食べてもらいたいのはもちろんだが、製麺機を自慢しつつ麺作りを体験してもらうことにこそ喜びがあった。きっとあの日の石井さんも、同じ気持ちだったのだろう。

半年間で12台を購入。どんどん増えていく家庭用製麺機

5,000円で購入した家庭用製麺機は、10年近くたった今も私の大切な相棒だ。っていう話で丸く収まるはずだった。しかし、自分の人生にまさかの展開が待っていたのだ。

1台目の家庭用製麺機、後に1号機と呼ぶことになる製麺機を手に入れてから1年後、なんとなくネットオークションを眺めていたら、今持っている製麺機と同じ型で、なかなか程度の良いものが出品されていた。

すでに生産が終了している商品なので、その出逢いは一期一会。今あるものを予備に回すと考えれば、もう1台あっても問題なかろうと入札を決意。競合がいたので落札価格は16,500円と、1号機の3倍以上となってしまった。

みんなで製麺をしてラーメンを食べる「製麺会」という飲み会システムもできあがり、製麺機の使用頻度もアップしていたので2台あっても問題なし


そしてさらに1年半後、なんと新品同様の製麺機の出品に気づいてしまい、再び落札した。これは3万円となかなかの値段だったが、なんと幻の取扱説明書(内容は薄いが)まで付いていたのだから仕方がない。

左から購入した順に並べたかっこいい写真(撮影:オカダタカオ)


同じ形の製麺機を3台そろえてどうするという話なのだが、同じ形でそろえるからこそ、そこに経年劣化という味わいを感じることができるというもの。

ファーストガンダム(機動戦士ガンダム)世代なので、1号機から3号機まで並べて「ジェットストリームアタック!」(『機動戦士ガンダム』に登場する3人組の部隊が繰り出す必殺技)とかいって遊ぶこともあった。色的にはドム(紫)よりも全然ザク(緑)なのだが。

田中式製麺機。(ウ)の意味は、後に判明することとなる(撮影:オカダタカオ)


そのすぐ後、今度は私が持っていない青い製麺機が安く出品されていたので、たまには違う機種も攻めてみるかと落札。これまでで最安値の4,700円だから問題はない。飲み会を1回我慢したくらいの出費(交通費含む)である。

ギアが斜めに噛み合うヘリカルギアという特殊な機構(撮影:オカダタカオ)


これは田中機械製作所の田中式製麺機というもので、小野式製麺機よりも一回り大きなサイズだった。そしてじっくり眺めていると、基本構造は一緒なのだがギアが斜めに噛み合っているなど、細かいところで仕様が違うことに気が付いた。こいつは色的にも製麺機界のグフ(青)なのでは。

この発見がブレイクスルーとなり、メーカーごとの製麺機の違い、そして製麺機という機械の歴史について興味を持ってしまった結果、さまざまな種類を買い求めるようになったのである。いくらネットを調べても情報が出てこない、歴史に埋もれた機械だからこそ、そこに愛おしさを覚えたのだ。

この田中式以降、私の中で何かが壊れたのか、半年間で12台という大量購入を記録。箍(たが)が外れたというやつだ。金額にして11万円超。そろったメーカーは、小野、田中、宝田、永井、東沢、日本など。

ギターが種類ごとに違う音色を奏でるように、製麺機も麺に個性が出るかといえばそんなことは全くなくて、切る刃の幅が同じであれば(ほとんどが約2ミリ)、だいたい同じ麺が出来上がる。実用品としては1台あれば十分なのだ。

それであれば製麺機を集めることは無駄なのだろうか。だがちょっと考えてみてほしい。ヴィンテージのジーパンが好きな人に対して、はくのはどうせ1本だけでしょとは言わないだろう。一般的な経済的価値は買った金額以下かもしれないが、私の内面からそれ以上の意味が湧き上がってくるのだから、決して無駄金ではないのだ。……この頃からそんな屁理屈が上手になった気がする。

魅力を届けるために、家庭用製麺機の同人誌を作る

順調に家庭用製麺機の数も増え、その違いや歴史を少しは語れるようになると、その情報を発信したくなってくる。

私はライターをしているので、当初からWeb上で製麺機の生地をこね……いや記事を書いていたものの、それはあくまで散発的なものだ。しっかりと情報を集約した専門誌の必要性を感じ、石井さんに加えてマダラさんという製麺機ユーザー、そしてデザイナーやカメラマンの友人に協力を得て、同人誌『趣味の製麺』を創刊することにした。

記念すべき『趣味の製麺』シリーズの第1号


同人誌を作って自分で売るというのは、なんやかんやでお金がかかるもの。フルカラーの印刷代やデザイン費といった直接的な料金以外にも、献本や納品に必要な送料、即売会への出展料、撮影や打ち上げの経費などが必要になる。

そして時間もかかる。前に一度だけ同人誌を作ったことがあるので、ある程度は理解していたが、なんといっても今度は製麺機の同人誌だ。売れる自信は全くない。でも作りたい。

これがラーメンの食べ歩き本だったら、世の中にたくさんいるラーメンマニアの一部が買ってくれるかもしれないが、家庭用製麺機というジャンルのマニアはこの本の関係者以外に1人も知らない。興味を持っている人の分母がゼロからのスタートだ。

会場内で作った料理を出すことが可能な飲食系同人誌即売会で、製麺した麺を頒布するという貴重な体験も良い思い出だ。製麺機を回しているのは本の制作に加わってくれたマダラさん


商売として考えたら進むべき方向を完全に間違えているが、あくまで趣味と割り切って(本の名前も『趣味の製麺』だし)、私が作りたいように作ったところ、どうにか大きな赤字が出ないくらいは売れてくれた。ただし製麺機の購入代金やみんなの人件費は除く。ただただ製麺機の魅力が世の中に届いた気がしてうれしかった。

同人誌のシリーズ化に“製麺機マンション”。家庭用製麺機の深みにどんどんハマっていく

世界初の家庭用製麺機専門雑誌を発刊したことで、私の世界が大きく変わったりはしなかったけれど、実家に製麺機がある人の体験談や、どこそこの博物館に展示されていたという目撃例など、さらなる情報が集まってきた。

メンマをタケノコから手作りしたり、自作ラーメンの完成度もかなりアップしてきた


また、製麺機がハードウェアだとすれば、製麺技術はソフトウェアで、こちらも大事であることに気付いた。より納得のいく麺を作るために、小麦粉の問屋さんから学んだり、かんすいの製造工場を見学したり、人気ラーメン店の再現をしてみたり、具となるメンマを手作りしてみたりと、そちら側でも深みへとはまっていった。

「趣味の製麺」の最新は8号、家庭用製麺機の使い方をまとめたガイドも作った。ご購入はこちらでどうぞ(https://hyouhon.booth.pm/


それらの活動によって得た情報を還元するのは私の義務なので(いや義務ではない)、『趣味の製麺』の続刊を次々と作ることとなり、現在までにシリーズ合計11冊が発刊されている。冷静に考えるとおかしい冊数だ。付き合ってくれているデザイナーさん、そして支えてくれている読者様ありがとう。

製麺機の話だけでよくそんなに書くことがあるなと思うかもしれないが、まだまだ書き残していること、調べ足りないことは多い。そしてまだ飽きてもいない。

同人誌に載せるという正当な理由ができたことで、もちろん製麺機の購入にも拍車が掛かった。もはや個人的な所有欲というよりは、散り散りになっている製麺機を1箇所に集めることで、そこに文化的な意味を持たせなければという社会的な役割、製麺機の保護活動だ。そのため明らかに製麺をするにはボロ過ぎても、資料として価値を感じれば手に入れた。

板に書かれた情報の一例(撮影:オカダタカオ)


製麺機が1台や2台では分からないことばかりだが、5台、10台、20台と増えることで、そこから見えてくる世界がある。

例えば製麺機を支える板の裏。ここに使用者が書き込んだ、購入した年や価格という、私にとっては超貴重な情報が残されている場合がある。これがうれしい。なので私は新しい製麺機が届くと、まずその裏を確認する。そこに何かが書かれていれば、それはアイスの棒に「あたり」と書かれていた以上の喜びとなる。

満室状態の製麺機マンション


結果として、私の部屋の床の間に「製麺機マンション」と呼ばれる棚が出現した。そしてマンションは2棟、3棟と増えていった。もはや製麺機の合計金額は誰にも分からない(怖くて計算したくない)。

人間関係も仕事も広がった。家庭用製麺機がつないでくれた縁

このような経緯から、多数の家庭用製麺機、そして膨大な同人誌の在庫を抱えて生きることになったのだが、多少の無理をしているからこそ生まれた縁や機会というものもある。

『趣味の製麺』には、プロの人気漫画家から一般の中学生(友人の娘)まで、基本的に全員がフラットな立場で寄稿してくれている。あるいはミュージシャンがレシピを寄稿したり、手芸作家が刺繍やぬいぐるみで麺を作ったり、専門誌でありながら「雑誌」として成立している。そのため、1冊の本を作るのに関係してくる人数は今や20名以上にものぼる。

必ず開かれる「打ち上げ製麺会」には、多種多様かつつながりを感じる人(要するに私の好きな人)が集まってくれるので最高に楽しいものとなる。基本的には人見知りだし、人付き合いは悪いのだが、この打ち上げがやりたくて本を作っているのかもと思うほどだ。

石垣島の八重山そば。旅先でご当地麺を楽しむという喜びも覚えた


また、佐渡島で開かれた廃校を利用したイベントで、製麺のワークショップを開かせてもらった。初対面の人に製麺機を回してもらい、佐渡産の食材を使ったラーメンにして食べていただくという企画だ。これまでの製麺会で教えてきた経験、そして複数の製麺機があってこその役割だ。音楽を中心としたフェスで、なぜか製麺のトークショーをするなんていう機会もいただいた。

そしてこの記事を含めて、結果としてライターという仕事に幅を持たせてくれたという面も大きい。テレビ番組「タモリ倶楽部」やNHKのニュースなどにも、家庭用製麺機の愛好家として出演させていただいた。

その存在が極端にニッチであり、それをあえて深掘りしてきたからの成果だろう。好きが(少しは)仕事になったのだ。仕事につながれば、それもまた新たに製麺機を購入する正当な理由となる。

そして現在、所有する製麺機の数は50台を超えたようだ。この台数を自宅に置くわけにはいかないので、近所に倉庫を借りて、そこに同人誌の在庫と合わせて収納している。私設の家庭用製麺機ミュージアムだ。

この広さならもう少し収納できるかなと思ってしまうのが悪い癖


月に2万円以上の賃料が掛かるが、このままだと家の床が抜けていただろうから仕方のない出費だと諦めた。もう少し生活にゆとりがあれば、いっそキッチンのきれいなマンションをどこかに借りて、製麺機ミュージアム兼キッチンスタジオにしたいくらいだ。好きな製麺機がいつでも使える夢の空間、いつか実現してほしい。

製麺機に使ったお金をトータルすれば、中古自動車くらいは買えただろうか。通帳に記帳をして、引き落とされた倉庫の賃料や同人誌の印刷代を眺めつつ、あのとき石井さんの製麺機と出会わなければ、あるいは5,000円の1台目でやめておけば、せめて同人誌を作ろうとか考えなければ、そんなことを考えるときも正直ある。

でもやっぱり、製麺機と出会えて、そしてここまで続けてよかった
のだろう。

趣味としてはお金と時間を使い過ぎているかもしれないが、お金で買えない価値があると言い張ればいいのだから、当然収支はプラスである。喜びの換金比率は自分次第。

実際のところ、ここ数年で製麺機の相場がかなり上がったので、おそらく買ったときよりも高く売れるだろう。ただ現時点では売る気が全くないし、逆に欲しい製麺機が出品されても(まだいくつかある)買いにくいという弊害しかないのだが。

とにかく、まだしばらくは製麺機と共に暮らしていこうと思う。倉庫での別居状態だけど。

ちなみに師匠である石井さんが製麺機と出会った理由は、飼っている猫が細切りのスルメを大好きで、それをパスタマシンで作ったら壊れたから、丈夫な道具を探した結果だそうだ。ありがとう、猫。

食材の採取とそれを使った冒険的料理が得意なフリーライター。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる』(家の光協会)が発売中。近年は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味で、同人誌『趣味の製麺』シリーズを計11冊発刊。

編集:はてな編集部