日本酒マニアが本当におすすめしたい、200円から始める「日常酒」の楽しみ方
こんにちは。2回目の寄稿となる、日本酒好きのcongiro(コンヒーロ)です。前回は日本酒にハマった経緯などを執筆させていただきました。
私が初めて日本酒を飲んだのは、大学生の頃。 陶芸の先生の家で、お高いらしい日本酒をふるまっていただいたのがきっかけでした。木箱に入ったちょっと特殊な瓶のもので、今考えると軽く万超えしていたのではないかと思います。
日本酒の知識が全くなかった当時の私でも、その味は「際限なく、水のように飲める……でも水ではない!」……というより、もはや甘露と言って良いものでした。
社会人になってからは日本酒と無縁の生活を送っていましたが、2009年ごろのあるとき、王祿(おうろく)酒造(島根県東出雲町)の「丈経」(たけみち)という日本酒に出会いました。
あの甘露のような日本酒とは全く違うものの、一口飲んで「これはおいし過ぎる! この世の全ての液体の中で最も尊いモノなのでは!?」と感動したのを覚えています。そして、これこそが、私が日本酒に開眼したきっかけの味になったのです。
それからというもの、運命に定められていたかのように日本酒にハマった私。元からの収集癖も手伝い、さも当たり前のように日本酒を買いまくりました。
そうこうしているうちに、所有している日本酒の本数は「石高(こくだか)」という単位で表現して良さそうなところまで達しておりまして。1石で1升瓶(1,800ml)100本くらいなのですが、持っている日本酒だけで6石、買った本数も含めれば10石には達したかなというのが現状。トータルすると、1升瓶を1,000本くらい購入したことになりますね。
同じようなことをやっている人たちと飲むと「今、何石?」みたいな話になるのはちょっと笑えます。
このように日本酒沼にハマっている私が、これから日本酒を知っていきたいという人に向けた「日本酒の楽しみ方」のひとつをご紹介したいと思います。
「まず、何を飲めば良いの?」という、正解のない問いに答えてみる
日本酒が好きだと言うと、よく聞かれるのは「どれがおいしいの?」「どれを飲めばよいの?」というもの。ただ、これらの質問に明確な答えはありません。
それでも一応の答えとして、その時に有名で、入手難易度が高くないものをすすめるようにしています。今だと「獺祭」(旭酒造)と答えることが多いでしょうか。毎年質が安定していること、そしてデパ地下や、そこそこ大きな酒屋であれば入手できる可能性が高いという理由で、おすすめしやすいのです。
あとは、コンビニやスーパーでも買いやすい銘柄をすすめることが多いですね。例えば「大手=安酒」という偏見を見事に覆した傑作、菊正宗酒造のパック酒「菊正宗 しぼりたて ギンパック」。
そして、自分が単純に好きというのもありますが、安定した変わらない品質と思わせつつ年々少しずつ進化を遂げている感じの、日常性がありながらほんのり華のあるようなクセのないもの。立山酒造の立山、浦霞醸造の浦霞、宮坂醸造の真澄、麒麟山酒造の麒麟山などでしょうか。
この他、都内の酒屋さんは大体知っているので、そこで売っている日本酒をおすすめすることも多いです。
また、高木酒造の「十四代」や木屋正酒造の「而今」といったプレミア日本酒と称される銘柄は、入手が難しいものの、銘酒居酒屋では飲めることが多いです。なので「プレミア酒を飲みたい!」という方には、取り扱っている居酒屋をおすすめしております。その居酒屋の行きつけになれば、目当て以外でも良い日本酒を出してくれますよ!
とにかく初心者であれば、話題作りにもなりますし、最初は本に載っている日本酒や多くの居酒屋が扱っている有名な銘柄から入っても良いんじゃないでしょうか? 変な話、有名な銘柄は回転が早いので、品質が担保されやすいというメリットもあります。
本当のおすすめは、200円から飲める地域ならではの“日常的な酒”
しかしながら、初心者向けの手に入りやすいメジャーな日本酒ではなく、それ以外の回答を求めている方がやはりおりまして。そういう方々には、あえて日常酒(普通酒・本醸造酒)をオススメしております。私が今ハマっているのも、このクラスのお酒です。
日本酒には普通酒・本醸造酒・純米酒・純米吟醸酒(吟醸酒)・純米大吟醸酒(大吟醸酒)があり、後者にいくほど高価になっていく印象です。
普通酒はラベルに「普通酒」と書いてあるか、あるいは「上撰」「佳撰」と書いてあるか、特定名称(本醸造酒・純米酒・純米吟醸酒または吟醸酒・純米大吟醸酒または大吟醸酒)が書かれていないもの。本醸造酒は「本醸造」と書いてあります。
日常酒は、最小容量のカップ酒から用意されています。価格帯は、カップなら200~400円程度、4合瓶(720ml)なら1,000円前後、1升瓶(1,800ml)なら2,000円前後で入手可能です。
しかしここでいう日常酒の場合、大手や準大手でない限り、よっぽどのことがなければ、製造されている地域でしか買うことができません。普通酒と言われているものなのに、普通に買えないってちょっと面白いんですよね。だからこそ“その地域の普通”を求めて旅をすることが多くなるんです。私自身、2,000円の日本酒を買いに旅費として数万円使うことがザラで、お金が湯水のように飛んでいってしまいます。
要するに、日本酒そのものだけでなく、その地域の空気を感じながら、その地域の日常の酒を飲むという贅沢を体験してほしいのです。その地域でしか売っていないという限定性もあって、「これはある意味プレミア日本酒なのでは?」とも思う次第です。
日常酒と私が呼んでいる日本酒は、その地域では半ば風景と化しているものではありますが、その地域に住んでいない者にとっては「そこに行ってしか買うことができない」特別な日本酒なのです。「誰かの日常は、誰かにとっての非日常」を体感する瞬間ですね。
また日常酒は、味を構成している要素が高い酒に比べるととてもシンプルです。それだけに、毎日飲める日々の酒として、それこそ米やパンや卵を毎日食べる感覚で飽きずに飲むことができます。
さらに、このクラスの日本酒は開栓後の味の変化が緩やかなので、気楽に扱えるというメリットも。それこそ1瓶を1週間~数年単位で楽しんでも、悪い変化はほとんどありません。
日本酒に特別な味わいを求めるのでしたら、ちょっと高価なところを狙うと良いですし、逆に日常性を求めるのであれば、この日常系のクラスから入るというのも良いと思います。
ちょっと高価なこだわりの銘酒は、日常性からちょっと離れた特別な味わいのものが多く、それだけに鮮烈なおいしさがあります。とはいえ、毎日鮮烈な体験をするというのも、お金と心身のリソース的に負担がかかってしまうでしょう。なので私の場合、普段は日常系のお酒を楽しみつつ、週末などに特別なお酒を飲むといったルーティンを確立しています。
日常酒が気になり始めた人へ。おすすめの選び方
私がおすすめしたい日常酒の選び方は以下の通りです。
- 手始めに、何はなくともカップ酒を買おう
- 見たら買え! 徳利型の1合瓶
- 4合瓶と一升瓶は、トラディショナルなラベルの日常酒を狙い撃ちしよう
カップ酒は、旅行中でしたら真っ先に買う必要があります。なぜなら、それがその旅の酒グラスになるからです。
そのあと4合瓶や一升瓶の日本酒を買っても、そのカップを使って飲めます。紙製でも良いですが、できればガラス製が便利で良いですね。カップ酒はデザインがかわいいものやレトロなものもあるので、インテリア目的で買うのもアリだと思います。
そして、徳利型の1合瓶ですが、これは取り扱っている蔵が多くありません。また、このタイプの瓶は銘柄が直接瓶に印刷されていることがほとんどで、日常酒なのにデラックス感があります。もう、これに関しては見つけたら即買いです。お燗にする際も便利ですし、一輪挿しの花瓶として利用すると味わいが出て面白いですよ!
また、日常酒はその蔵元で昔から扱われていることが多いため、ラベルデザインがトラディショナルです。その地域の有名な書家が銘柄の字を書いているなど、単純に美術的要素が高く、それなのに日常的なお酒として楽しめるという面白さもありますね。
買った4合瓶や一升瓶のお酒を徳利型の1合瓶に移し替えて、電子レンジかヤカンのお湯で熱燗にし、ガラス製のカップで飲む……これを旅行時に全て達成できれば完璧です。そして、これだけ買っても3,000円を切ります。できればおつまみなども、その地域のものでそろえたいですね。
手始めにぴったり、かつ長く付き合える。おすすめの日常酒
これから日常酒を味わってみよう、と思った人に向けて、私がおすすめしたいのはこの2つ。剣菱酒造の「剣菱」と、菊水酒造の「ふなぐち菊水一番しぼり」! 恐らく、全国で買える日常酒の二大巨頭ではないかと思います。
この2銘柄は、スーパーやコンビニなど手軽に買える場所ではラインアップを絞っているので迷わず買えるところと、入門編としても応用編としても幅広く対応できる(と私が思い込んでいる)懐の深さがお気に入りです。
剣菱は、全国で買える日常酒としては珍しく、圧倒的なフルボディ(濃厚)さがあります。ラインアップこそいろいろあるのですが、ベースが一貫しているので、どのスペックのものを買っても共通した味わいを楽しめます。
その中でも一番安い「剣菱」は、時間がたつごとに存在感を発揮しやすく、飲むたびにフルボディさが増していくという特徴があるので、最初はこちらをおすすめします。とにかく時間をかけて飲んでどんどん太くなっていく味の変化を楽しんでください。一升瓶で2,000円くらい、4合瓶だと1,000円くらいで買えると思います。
一番高いものは「瑞祥黒松剣菱」という一升瓶で、5,000円ほどで購入できます。剣菱を飲み慣れた方が初めて瑞祥黒松剣菱を飲むと、最上級のドライフルーツを使ったような、あまりに深い味わいに言葉を失うか、饒舌になること請け合いです。
剣菱にはこうした小瓶タイプもあります。とてもカッコいいので、見掛けたら1つは買っておいてください。350円くらいで買えると思います。
菊水はアルミ缶で売られていることが多く、スーパーなどで見かける方も多いと思います。200ml缶が300円程度で入手することが可能です。
通常ですと生酒(加熱処理をしていないもの)は冷蔵で扱わなければ品質を損ねやすいのですが、お酒を駄目にしてしまう原因の紫外線を完全に遮断する缶製であることと、元々常温で売られることを想定した造りのため、劣化への耐久度が抜きん出ています。そのためか熟成させても面白く、いつ飲んでも良いような状態を保っています。
買ってすぐ飲んでもおいしい、何年も保管したものを飲んでもおいしい。そういうお酒の中で最も取り扱いが容易なのでおすすめです。
これは、買ったばかりの菊水と、買って数年保管した菊水です。色が全然違いますよね。このような感じで、1つは冷蔵庫で数年、1つは押入れで数年、1つは買ってきたばかりのもの……という感じで3つ同時に開けて飲むと、全く違う味の日本酒が一度に楽しめます。
「最初の日常酒におすすめ」と冒頭で触れましたが、この2銘柄に関しては一周回って戻ってくること請け合いです。
“推しの造り手”で日本酒を追いかける、という楽しみ方
日常酒を嗜むようになり、だんだん日本酒のことが分かり始めてくると、酒造についても詳しくなっていくでしょう。今の酒蔵は造り手の世代交代が激しく起こっており、若い世代が台頭しています。また、廃業した蔵を復活させようと頑張っている人もいます。そんな日本酒を、銘柄でなく造り手単位で追い掛ける楽しみもあろうかと思います。
そういう”推し”概念で日本酒を見ていくと、例えば出来が悪かった年があったとしても、それが良い感じにスパイスになることがありますね。「去年はあまり良くなかったけど、その翌年はすごく良い出来で、きっと去年はこれからのお酒を造るためのステップだったんだ!」みたいな都合の良い解釈を楽しんだりできます。
ワインの世界では、ボジョレーヌーボーが「〇〇年に一度の出来栄え!」みたいなことをやったり、ワインの味わいの決め手となる「テロワール」(ぶどう畑を取り巻く自然環境)という概念で独自の文化を形成したりしていますが、これからの日本酒も独自の”推し”文化で盛り上げていく……というのも面白いんじゃないかと思います。
ちなみに、私の今の推しは2人。大分県竹田市で「久住 千羽鶴」を造る、佐藤酒造の次期杜氏になるであろう佐藤俊一郎さんと、広島県山県郡で福光酒造を復活させるべく奮闘中の福光寛泰さんです。
千羽鶴は「山廃造り」と「生酛造り」をおすすめしておりますが、この2つは出来た年より、開栓して1年を過ぎたあたりから本領を発揮する日本酒です。「えっ?なんでこんなに良いものが山奥の蔵でひっそりしているの?」と感じるほどだと思います。
福光酒造は一度廃業してしまったため、現在はどぶろく特区(規制を緩めて地域の活性化を目指す国の「構造改革特区」の一つ)としてリスタートし、日本酒を造ることができるその日まで奮闘中の日々です。かつては山口県岩国市の村重酒造にてエキセントリックの極といえる野性的酸味の「八號酵母」シリーズを造っていましたので、マニアックなファンが結構います。
どちらも、ある種の朴訥(ぼくとつ)さと、洗練された要素と奥深さがあって、これからどうなるかがとても楽しみなのです。
日本酒をもっと楽しむために大事なのは、銘柄ではなく「シチュエーション」
趣味は単体ではなく、何かとの結びつきがあると、強固なものになります。そして理解度も深まり、もっと好きになっていきます。
私の場合は「旅と酒」と「街歩きと酒」という組み合わせです。
とにかく地域と酒の組み合わせは親和性が高いので、ぜひ意識してやってみてほしいです。日本酒よりも、旅費にお金がかかりますが……。
旅は日常的にできなくても、街歩きは日常的かつ気軽にできます。街を歩いていて、見たことのない銘柄を掲げている居酒屋の看板を見つけたら、銘柄を検索してその地域のことを深く調べてみるのも面白いですし、ちょっとの勇気とお金があればそのお店に飛び込んでみるのも面白いと思います。新たな発見があって楽しいですよ!
「おいしい」は大事ですが、そこに「面白い・興味深い」「カッコいい・かわいい」などの他要素がプラスされると、日本酒の世界はもっと楽しくなると思います。
また、日本酒で最も重要なのは、銘柄でなくシチュエーションだと思います。
友人らと日本酒を持ち寄ってワイワイやるのも、旅行中の列車内で景色を見ながらその地域の日本酒を飲むのも楽しいです。そして、年季の入った酒場で熱燗をやるのも、「父ちゃんまた飲んでる~!」と言われながら家飲みするのも最高です。
銘柄にとらわれず、シチュエーション込みで日本酒をもっと広げられたら、それほど楽しいことはありません。
それでは、皆さまも良き日本酒ライフを!
各駅停車で旅をして適当に降りた地域で酒を飲んだり買ったりするのが現在のライフワーク。ブログでは旅や散策と日々飲んだ酒をアップしています。
編集:はてな編集部